日本電気(株)(読み)にっぽんでんき

日本大百科全書(ニッポニカ) 「日本電気(株)」の意味・わかりやすい解説

日本電気(株)
にっぽんでんき

通信機器で国内第1位の通信・情報機器の総合メーカー。略称NEC。1899年(明治32)アメリカのウェスタン・エレクトリック社(WE。現ルーセント・テクノロジーズ)と岩垂邦彦(いわだれくにひこ)らの共同出資により設立された日本最初の合弁会社当初はWEから電話機、交換機などの輸入、販売を主としていたが、WE式の生産管理方式を導入して工場近代化を図り、明治末には電話機の国内トップメーカーとなった。1913年(大正2)には鉛被紙ケーブルの生産を開始、1927年(昭和2)以降、自動交換機、真空管、伝送機器を国産化、NE式写真電送装置を開発した。その後、準戦時下の外資圧迫に対処するため、1932年、経営を住友合資に委託、43年社名を住友通信工業と改称した。

 第二次世界大戦後ふたたび旧社名に復帰するとともにWEとの提携も復活させ、日本電信電話公社(現NTT)の電話拡充計画に応じてクロスバー交換機、マイクロ波通信装置の生産を進める一方半導体ICコンピュータ宇宙通信と事業分野を拡大、世界でも屈指の通信、エレクトロニクスの総合メーカーに成長、C&C(コンピュータ・コミュニケーション思想を訴えている。資本金3379億円(2007)、売上高2兆3526億円(2007)。連結子会社は338社(2007)。

[中村清司]

『日本電気社史編纂室編『日本電気株式会社百年史』(2001・日本電気)』

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改訂新版 世界大百科事典 「日本電気(株)」の意味・わかりやすい解説

日本電気[株] (にほんでんき)

日本最大の通信機メーカーであるとともに,コンピューター,ICの分野でも有力な総合エレクトロニクス・メーカー。正しくは〈にっぽんでんき〉と読む。略称NEC。1899年,アメリカのウェスタン・エレクトリック社(WE)と岩垂邦彦らによって,日本最初の合弁会社日本電気(株)として設立。翌年より磁石式電話機,小型交換機の製造を開始した。1913年WE社と相互販売,技術協力の一般協定を締結。20年電線部門を住友電線製造所(現,住友電気工業)に移し,32年には,当時の外資系企業圧迫の動きから,経営を住友合資会社に委託した(日本電気は現在住友グループの中核企業の一つ)。43年社名を住友通信工業(株)としたが,45年日本電気(株)に戻した。53年ラジオ事業部を分離して新日本電気(株)(のち日本電気ホームエレクトロニクス)を設立。58年最初のパラメトロン式電子計算機NEAC-1101,1102を完成,同年9月にはトランジスター式電子計算機NEAC-2201を完成した。62年アメリカのハネウェル社と電子データ処理装置の技術援助契約を締結。63年NECアメリカを設立。以後活発な海外進出が続く。65年IC分野に進出した。75年ころから半導体の売上げで日本のトップに立った。1970年代後半から〈C&C〉(コンピューター・アンド・コミュニケーション。コンピューターと通信の融合)を提唱し,コンピューターの部門では〈9800シリーズ〉で日本企業の先頭に立った。資本金3378億円(2005年9月),売上高4兆8551億円(2005年3月期)。
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百科事典マイペディア 「日本電気(株)」の意味・わかりやすい解説

日本電気[株]【にほんでんき】

通称NEC。パソコン,通信機,半導体などデジタル機器の世界的メーカー。1899年創立。三吉電機工場(1883年設立)を買収し,翌年米国資本が加わり,1932年には住友財閥系となった。第2次大戦中は住友通信工業と称し,1945年日本電気に戻した。家電からIT機器に進み各種の通信機器,コンピューターなどを生産。近年は情報通信で国内トップ,半導体は高付加価値のシステムLSIに集中,ソリューションビジネスにも注力する。2003年11月に財務体質の健全化と情報関連投資などを進めるため,新株発行による過去最大の増資を発表。本社東京,事業場玉川,府中,相模原ほか。2011年資本金3971億円,2011年3月期売上高3兆1154億円。売上構成(%)は,ITS26,プラットフォーム12,キャリアNW19,社会インフラ10,PSL25,その他8。海外売上比率15%。
→関連項目日本電気硝子[株]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「日本電気(株)」の意味・わかりやすい解説

日本電気
にっぽんでんき

通信・電子機器の総合メーカー。半導体,通信機器,コンピュータでは業界第1位,衛星通信の地上局建設では世界第1位の実績をもつ。 1899年アメリカのウェスタン・エレクトリックの協力で設立,1943年住友通信工業と改称したが 45年再び現社名に変更した。 50年 ISE (ウェスタン・エレクトリックの子会社) と技術提携,翌 51年資本提携も復活させ,53年家電部門を分離して新日本電気 (現在の日本電気ホームエレクトロニクス) を設立,さらに日本電気工事を設立。 92年呼称を NEC (エヌイーシー) にする。 99年 DRAMで日立と提携,合弁会社を設立。売上構成比は,通信機器 33%,コンピュータ 45%,電子デバイス 22%,ホームエレクトロニクスほか1%。年間売上高4兆 7594億 1200万円 (SEC方式。うち輸出 21%) ,資本金 2303億 2700万円,従業員数3万 8791名 (1999) 。

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世界大百科事典(旧版)内の日本電気(株)の言及

【機械工業】より

…白熱舎の後身である東京電気(現,東芝の前身)はアメリカのゼネラル・エレクトリック社(GE)に,1905年55%の株式を引き渡さざるをえない状態に立ち至った。さらに芝浦製作所(現,東芝の前身)も1909年にGEに資本の4分の1を,また1899年設立の日本電気はウェスタン・エレクトリック社と,1923年設立の富士電機製造(現,富士電機)はドイツのジーメンス社と,同じく三菱電機はアメリカのウェスティングハウス・エレクトリック社といずれも資本提携をして技術導入をせざるをえなかったのである。ただ1908年,日立鉱山の電気機械修理工場として設置され,後に1920年に独立した日立製作所のみは,大手企業のうち外国資本と結合をもたない唯一の企業であった。…

【コンピューター産業】より

…60‐61年ころになると,パラメトロンはトランジスターに比べ速度が遅く消費電力が大きいため,コンピューターの回路素子に用いられなくなり,回路素子の主流はトランジスターとなった。トランジスター式コンピューターは59年に東芝のTOSBAC2100型,日立製作所のHITAC301型,日本電気のNEAC2203型が開発され,60年沖電気工業のOKITAC5090型,61年富士通のFACOM222型が開発され,これらは証券会社や商事会社,生命保険会社などに納入された。なかでも1960年完成の日本最初のオンライン・リアルタイム・システムである国鉄の自動座席予約装置,MARS‐1は,最新のコンピューター利用法として評判が高かった。…

※「日本電気(株)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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