翻訳|queer
規範的異性愛以外のあらゆるセクシュアリティを指すのに用いられる言葉。本来の語義は「奇妙な」で、かつては日本語の「変態」に近い否定的な意味で使われていたが、アメリカでは1980年代末ごろから、性的マイノリティがこの言葉を自らに対して肯定的に使い始めた。マイノリティが自分に投げつけられる侮蔑語を逆用して新たな意味に転じさせた注目すべき例である。同性愛を指すことも多いが、多くの場合、バイセクシュアル、トランスジェンダー(男女の性別の境界を越えるさまざまな性の形態)、異性装、サド・マゾヒズム、フェティシズムなど、一般に「正常でない」とされるあらゆる性のあり方を含む。ゲイあるいはレズビアンの政治・思想運動が力をもつにつれ、同性愛者以外の性的マイノリティが運動から排除されてしまうのではないかという懸念も強まった。クイアという概念はこれに対し、さまざまな周縁的セクシュアリティを一つにまとめる標語として浮かび上がり、連帯の旗印となっている。性的指向を固定したアイデンティティとみなすのではなく、流動的で定義を拒む、変化してゆくものとみる考えとも親和性が高い。
文学・映画研究におけるクイア批評の多くは、ハリウッド映画や古典文学など異性愛を描いた主流派の表象のなかに、同性愛や近親相姦の要素を見つけ出す作業を行っている。性的欲望が描かれているとは断言できない曖昧な箇所に性的なものを見いだすことで、作品の意味を変化させる試みである。同性愛者の多くが、異性愛の物語のなかにかすかに映っている自分たちの姿を探してきたことは、ハリウッド映画における同性愛の暗示的表現の歴史を扱った映画『セルロイド・クローゼット』(1995)に詳しい。英文学者イブ・セジウィックEve Sedgwick(1950― )は、異性愛男性同士の緊密な人間関係を「ホモソーシャル関係」と名づけ、そこには狭義の同性愛ではないものの、ある種の性的欲望が働いていると読み解いた。異性愛の女性批評家が、異性愛男性同士の、自分のものではありえない欲望に同一化してみせるこの方法も、クイア批評の一例である。女性が男性同性愛を描く日本の「やおい(「やまなし、おちなし、いみなし」の意)系」マンガも、この意味でクイアな欲望の表れの一例といえる。
日本ではゲイ・ライターの伏見憲明(のりあき)(1963― )が、多くの性的マイノリティの声を集めた雑誌形式のシリーズ『クィア・ジャパン』を編集して、概念の拡大を続けている。また伏見らは、日本語の「オカマ」という侮蔑語を、クイアの例にならって、肯定的意味に転化させる可能性も論じている。
[村山敏勝]
『伏見憲明編『クィア・ジャパン』vol.1~5 (1999~2001・勁草書房)』▽『イヴ・コソフスキー・セジウィック著、上原早苗ほか訳『男同士の絆』(2000・名古屋大学出版会)』▽『伏見憲明ほか著『変態(クィア)入門』(ちくま文庫)』
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