ニュージーランドの登山家。エベレスト初登頂者、オークランド生まれの養蜂(ようほう)家。第二次世界大戦後ニュージーランドの山からアルプス、ヒマラヤの山々で登山活動を行い、1953年イギリスの第七次エベレスト登山隊に参加、5月29日シェルパのテンジンとともに初登頂を果たし、サーの称号を受けた。1956~57年南極横断、60~61年ヒマラヤ学術調査などを行った。1963年からネパールで道路・学校建設など住民のための活動を行った。著書に『わがエベレスト』High Adventure、『雲の中の9か月』High in the Thin Cold Airなど。
[徳久球雄]
『吉沢一郎訳『ヒラリー自伝』(1977・草思社)』
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ニュージーランドの登山家。オークランドに生まれ,養蜂業を営む。第2次大戦中より登山を行い,戦後ヨーロッパ,ヒマラヤで活躍し,1953年イギリスのエベレスト隊に参加。テンジンとともに初登頂者となり,サーの称号を授与された。その後,南極大陸横断やヒマラヤ科学調査隊長となり,63年からネパールで学校建設などに従事する。著書に《ハイ・アドベンチャー》(邦訳名《わがエベレスト》)などがある。
執筆者:徳久 球雄
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…南面の登山ルートである。エバンズ,ヒラリーらのメンバーを中心に順調に高所キャンプが進められ,第1次アタック隊のエバンズらを引き継いだ第2次アタック隊のヒラリーとテンジンが,5月29日午前11時15分頂上に立ち,人類多年の夢を実現した。70年春,日本隊(松方三郎ら)も登頂に成功,75年には田部井淳子ら日本女子隊も登頂を果たした。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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