記紀の伝承において〈根の堅州国(ねのかたすくに)〉とか〈底根の国(そこつねのくに)〉などともいわれる地下の国。根の国の本質を知るためには,大己貴(おおなむち)神の物語が最適である。《古事記》によれば,八十神(やそがみ)の迫害をうけたオオナムチは父神須佐之男(すさのお)命の住む根の国に逃れ,そこでさまざまな試練にうちかった後,嫡妻となる須勢理毘売(すせりびめ)命や大刀(たち)と弓矢などを奪って地上に戻り,〈大国主神〉となって国作りを始めたという。この物語から根の国の多義的な性質が明らかになる。根の国は洞窟を暗示する黄泉比良坂(よもつひらさか)を伝って行く地下の国であり,蛇やムカデの生息する小暗き所であった。そこは黄泉国(よみのくに)とも重なって死者や祖霊のこもる場所でもあり,病気や害虫をはじめとして罪という罪が祓いやらわれる海底の国でもあった(《大祓(おおはらい)の祝詞》)。しかし,オオナムチが持ち帰った品々が王たる資格を象徴する祭器であったことが示すように,根の国は畏怖すべき汚れた所でありながら,同時に地上に恵みをもたらす生産力の根源でもあった。南島の伝承にある〈ニライカナイ〉の〈ニ〉と〈根〉は同じ語の変化である。根の国は復活と再生を目ざす祭式を基盤として想像され,あらゆる罪悪を吸収することによって逆に豊饒をもたらす〈母性原理〉を典型的に体現するものであった。しかし王権の神学が発達し〈天上〉の観念が重視されるにともない,記紀の神話では国津神(くにつかみ)の舞台である神話的空間としての〈出雲〉に関連づけられたのである。
執筆者:武藤 武美
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記紀神話での神々の生活の場であり、蜈蚣(むかで)、蛇、蜂(はち)、鼠(ねずみ)なども住む地底の他界。根堅洲国(ねのかたすくに)ともよばれる。「ね」の語義は、根源または大地(「な」の転)の意で、妣(はは)(亡母の意)の国と重ね用いられ、地上との境を黄泉比良坂(よもつひらさか)という。また極遠之根国ともよばれることから、若干の黄泉国(よみのくに)、あるいは常世国(とこよのくに)との関連の印象も示す。素戔嗚尊(すさのおのみこと)がこの世界に赴いて主者となり、ここへ訪れた大国主命(おおくにぬしのみこと)に試練を与えて、最後に葦原中国(あしはらのなかつくに)の王になれとの詔を与えることは、この他界が地的宗儀の原点であったことを語る点で重要である。なお六月晦大祓(みなづきつごもりのおおはらえ)や道饗祭(みちのあえのまつり)の祝詞(のりと)で、根の国が罪や邪霊に関連して語られるのは、素戔嗚尊の高天原(たかまがはら)での乱行の神話に規制されて語られるに至った付加的記述にすぎない。
[吉井 巖]
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…途中赤裸(あかはだ)の兎と出会い,八十神が兎をいっそう苦しめたのに対しオオナムチは懇切に療法を教えて救い,よって袋を背負い従者の身なりをした末弟のオオナムチがヤカミヒメを得ることとなった。それを怒った八十神はオオナムチを欺いて二度にわたり殺すが,そのつど母神に助けられて蘇生し,祖神スサノオのいる根(ね)の国へ逃れる。根の国ではスサノオから課された蛇の室(むろ),むかで・蜂の室,野焼きなどの難題を解決したことにより,スサノオの娘須勢理毘売命(すせりびめのみこと)を妻となし,また宝器〈生大刀(いくたち)生弓矢(いくゆみや)〉を授かり,それをもって八十神を追い払い初めて国の主となったという。…
…記紀神話には,天界高天原,地上界葦原中国(あしはらのなかつくに),地下界黄泉国(よみのくに)(もしくは根の国)という3層の神話的世界構造がみられる。それぞれに王権神話における固有の意義をにない,単に天,地上,地下というだけではない。…
…こうした平面的な生活空間を立体的に構造化したとき,天上,地上,地下の3層から成る神話的な宇宙空間が成立する。記紀の伝承では,それらは〈高天原(たかまがはら)〉(高天原神話),〈葦原中国(あしはらのなかつくに)〉および〈黄泉国〉または〈根の国〉にそれぞれ相当する。〈黄泉比良坂〉とか〈黄泉の穴〉は,黄泉国とこの世との神話地理上の境界であり,実際そこは地下へと通ずる山中や海辺の洞窟で,死体を遺棄する場所でもあった。…
※「根の国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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