病因(読み)ビョウイン

デジタル大辞泉 「病因」の意味・読み・例文・類語

びょう‐いん〔ビヤウ‐〕【病因】

病気の原因。
[類語]病毒病原病根

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精選版 日本国語大辞典 「病因」の意味・読み・例文・類語

びょう‐いんビャウ‥【病因】

  1. 〘 名詞 〙 病気の原因。〔日葡辞書(1603‐04)〕
    1. [初出の実例]「病因(ビャウイン)は何でせう」(出典:彼岸過迄(1912)〈夏目漱石〉雨の降る日)

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内科学 第10版 「病因」の解説

病因 (腫瘍)

 癌は癌細胞からなり,その癌細胞は正常細胞が変化して発生すると考えたのは,ドイツの病理学者Virchowである.ドイツの動物学者Boveriは1914年にすでに「癌の染色体異常説」を唱えている.最近では,癌は細胞に遺伝子変異(ジェネティックな変化)やエピジェネティックな変化(遺伝子の変異や増幅などといった遺伝子自体の変化を伴わずに,遺伝的な変化が細胞内で固定されて細胞分裂後も娘細胞に引き継がれるような変化のこと.遺伝子のプロモーター領域のメチル化による遺伝子発現のサイレンシングが代表的)が多段階的に起きることにより発生するという「癌は遺伝子の病気」ということは広く知られている.これらの遺伝的変化を引き起こす原因となるものを癌の「病因」という.
(1)職業癌
 癌の病因に関しては,Virchowよりも実に100年近くも前に,イギリスのPottが煙突掃除人に発生する陰囊癌について報告している.いわゆる「職業癌」に関する最初の疫学的記載とされる.日本では,山極勝三郎が1915年にウサギの耳にコールタールを塗布することにより皮膚癌を発生させることに成功している.煙突掃除人における陰囊癌のほかにも,染色工場従事者における膀胱癌などは「職業癌」の代表的なものの1つである.
(2)外的要因
 癌の原因は,外的要因(外因)と内的要因(広義の内因)の大きく2種類に分けるのが一般的である.外因とは個体(生体)を取り巻く環境中に存在する要因のことであり,化学物質,放射線,紫外線,ウイルス,細菌などがあげられる.これに対し内因とは生体側に存在する要因のことである.内因はさらに内的な環境要因(狭義の内因)と遺伝的要因に分けることができる.
 ヒト癌の原因としての外的要因としては種々のものが知られている.イギリスの疫学研究者DollとPetoは1981年に数多くの疫学的科学研究に基づいて,米国人の癌死亡における各環境要因の寄与率を推定し報告した(図1-4-3).DollとPetoらの報告によると,ヒト癌のうち禁煙により予防可能なものが全体の約3分の1と推計されている.その他食生活の改善により予防できる癌死亡の割合が同じく約3分の1,ウイルスや細菌などの感染症に起因する癌が10%以上としている.井上らは最近,日本人の癌死亡における環境要因の寄与率に関する疫学的解析に基づいた研究成果を報告し,日本人男性では喫煙が30%,飲酒が10%,感染症に起因する癌は23%と推定している.一方,女性では喫煙が5%,飲酒が2.5%,感染症が17.5%と推定している(井上ら,2012).
 喫煙が発癌の危険因子として寄与する癌種としては,口腔癌,咽頭癌,喉頭癌,肺癌,食道癌膵臓癌,腎盂癌,膀胱癌などがある.感染症と癌との関連では,Helicobacter pylori菌(胃癌),B型およびC型肝炎ウイルス(肝臓癌),Epstein-Barrウイルス(リンパ腫・鼻咽頭癌,胃癌),ヒトT細胞性白血病リンパ腫ウイルス(成人T細胞白血病リンパ腫),ヒトパピローマウイルス子宮頸癌),ヒトヘルペスウイルス8型(Kaposi肉腫),肝吸虫(胆道癌)などが知られている.タバコ煙中に含まれる種々の化学物質やヒト癌への直接的な関与が明らかな感染症など,ヒト癌の直接的な要因(イニシエーター)や発癌を促進する修飾要因(プロモーター)を環境中から同定することは,癌の予防策を講じるうえできわめて重要な情報を提供することになる.
 経口的に摂取される食事性の発癌要因としては,胃癌の原因としての食塩やニトロソ化合物大腸癌の原因としてのヘテロサイクリックアミン類,さらには肝臓癌の原因としてアフラトキシンB1(カビ毒類)などが知られている.外的な要因としてはそのほかに,紫外線や電離放射線,胸膜中皮腫の原因としてのアスベスト(石綿)などが知られている.
(3)内的環境要因
 環境要因としては,外的要因のほかに体内において自然に発生する要因(内的要因)がある.内的要因として最も重要なものの1つは,細胞増殖の際のDNA複製に伴うエラーである.細胞が増殖し続けるためにはDNAの複製を繰り返し行わなければならないが,この複製の際にきわめて低頻度ながら,ある頻度で間違い(エラー)を起こす.このDNA複製エラーの頻度はおおよそ104/塩基/複製(1回の複製あたり104塩基に1個の割合)と考えられているが,ほとんどの複製エラーはDNA複製酵素自身がもつ校正機能やその他の修復酵素類の働きにより修復される.しかしまれに間違いを見過ごすことがあり,これが次の複製を経て遺伝子変異として細胞内で固定されることになる.この現象を自然突然変異というが,その頻度は1回の細胞分裂で109~1010/塩基程度と考えられている.複製・修復エラーのほかにも,生物が酸素を使った呼吸(好気的呼吸)を行うことにより酸化的なストレス(活性酸素)が増えることもDNA損傷誘発の一因となる.活性酸素を発生する原因としては,酸素呼吸のほかにも脂肪代謝や炎症・免疫反応などがあげられ,活性酸素による酸化的なDNA損傷はかなりの高頻度で日常的に発生していることになる.もちろん,通常は修復系酵素の働きにより酸化的DNA損傷はほとんど修復されているが,複製エラーと同様にまれに間違いを起こすことがある.活性酸素を過剰に発生するような状況はできるだけ回避するのが望ましいことになる(「がんを防ぐための新12カ条」).このほか,DNAのメチル基転移酵素や脱メチル化酵素の活性変化や,ホルモンによる持続的刺激も癌発生の内的要因の1つと考えられている.
(4)遺伝的要因
 遺伝的要因の代表的なものとしては,遺伝性の大腸癌として知られる家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis:FAP)の原因遺伝子であるAPC遺伝子や,遺伝性非腺腫性大腸癌(hereditary nonpolyposis colorectal cancer:HNPCC)の原因遺伝子であるMLH1やMSH2,MSH6などのミスマッチ修復遺伝子がある.家族性に癌が高頻度に発生するこれら「遺伝性癌」の原因となる遺伝的要因の場合には,原因遺伝子を有する個体が癌を発症する率(浸透率:penetrance)が非常に高いことから,その原因遺伝子を特定することが比較的容易である.過去20年以上にわたる遺伝性癌家系の遺伝学解析から,これまでに30種以上の遺伝性癌の原因遺伝子が同定されている.家族的な集積がみられる家族性癌には,単一の遺伝子異常により癌を発生する家族性大腸腺腫症や遺伝性非腺腫性大腸癌,Li-Fraumeni症候群などの遺伝性癌のほかに,複数の遺伝的要因(多因子)による複合的な働きで癌を発生していると想定されるものがある.多因子の遺伝的要因が関与する場合には,個々の因子による癌発症の浸透率が低いために遺伝的解析が容易でなく,原因遺伝子の同定が困難である. 最近,フィンランドのLichtensteinらは双生児の癌登録データを用い,11部位のヒト癌の遺伝的な要因と環境要因の寄与について検討した.ヒト癌においては何らかの遺伝的要因が関与する可能性があり,特に大腸癌,乳癌,前立腺癌では統計的有意に遺伝素因の寄与が検出された.その寄与率はおのおの35%,7%,42%と推計されている.注目すべき点は,たとえば大腸癌において原因遺伝子が解明された遺伝性癌の癌全体に占める割合が数%前後であることを考えると,遺伝的要因のほとんどは浸透率の低い,いわゆる体質とか民族・人種に固有な複数の要因(多因子)が関与したものであると考えられる.[中釜 斉]
■文献
Doll R, Peto R eds: The Causes of Cancer, Oxford University Press, Oxford, 1981.
Inoue M, et al: Attributable causes of cancer in Japan in 2005 – systematic assessment to estimate current burden of cancer attributable to known preventable risk factors in Japan. Ann Oncol, 23:1362-1369, 2012.
Lichtenstein P, et al: Environmental and heritable factors in the causation of cancer-analyses of cohorts of twins from Sweden, Denmark, and Finland. N Engl J Med, 343: 78-85, 2000. 

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改訂新版 世界大百科事典 「病因」の意味・わかりやすい解説

病因 (びょういん)
etiology

病気の原因,すなわち病気を成立させる障害因子のこと(なお病気の原因の作用するしくみをはじめ,病気の原因を広範な見地から考究する学問を病因論という)。病気は決して一つの単純な原因によるものではなく,原則として多数の原因の組合せに基づくものである。そして,多数の原因のうち,第一義的で最も重要なものを主因と呼び,それ以外の副次的なものを副因ないし誘因といっている。しかし,これらの区別は実際には容易でない。また病因は外因と内因に分けられる。外界から生体に作用する因子が外因で,生体自身の内部にひそみ,病気にかかりやすさをつくる要素が内因である。したがって,病気の成立には内因と外因の相関があり,(病気)=(内因)×(外因)というような関係が考えられる。たとえば,ニューモシスチス・カリニPneumocystis cariniiという原虫やアスペルギルスのような真菌は,免疫機能が正常である人には感染を起こさないが,多量の制癌薬投与を受け,骨髄が薬剤によって障害されて免疫細胞が減少している白血病患者や免疫抑制療法を施された臓器移植患者,あるいは先天性または獲得性免疫不全症候群のような免疫機能の低下している患者では,容易にこれらの病原体が感染し,身体の中で増殖を起こして重篤な病気をひき起こすことがある。この場合,原虫や真菌は外因であり,免疫機能低下状態が内因である。内因が大であれば,外因が小であっても病気は成り立つし,逆に強大な外因であれば,内因が微小であっても病気は成り立つ。また,ある因子がつぎつぎと内因の変化をひき起こして,病気を形づくっていく。たとえば,糖尿病になって高血糖状態が続いていると,動脈硬化や高血圧が急速に進行し,心筋梗塞(こうそく),眼底出血,脳出血の危険性が高くなってくる。

生体は,病気に対するいくつかの防御機構(たとえば免疫)を備えている。これも,生活環境中の外因とのかかわりあいを通じて形成されるものである。この防御機構を弱めるもの,すなわち老化現象とか栄養状態の低下(栄養素摂取不足という外因の結果)なども内因である。このような生活活動中に加わった外因によって,体内に生じた病気の素因は,〈後天的な内因〉というが,多くのものが〈先天的な内因〉と考えられる。体質などが遺伝子によって決定されているように,特定の病気にかかりやすいという素質も遺伝子の働きによって決まると考えられる。これがはっきりしているのが遺伝性疾患であり,病気のほぼ5%あるとされる。しかしDNAの塩基配列の異常まで判明しているのは,ごくわずかしかない。ヒトの遺伝子構造や,その染色体上の位置も,少しずつ解明されているので,遺伝性疾患の本態,さらに素質に関する分子生物学的機構も将来は明らかにされると考えられる。

生体が処理できないような環境条件の変化が外因となりうる。物理学的要因(機械力,電流,電磁波,気圧,温度),化学的要因(水,栄養素の過不足,毒物,金属)もあるが,外因のなかで最も重要なのは生物学的要因である。寄生虫から細菌,ウイルス,ウイロイドに至るまで,さまざまな病原生物が生体の感染症をひき起こす外因として働く。
執筆者:

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栄養・生化学辞典 「病因」の解説

病因

 病気の原因.

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