礼儀作法(読み)れいぎさほう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「礼儀作法」の意味・わかりやすい解説

礼儀作法
れいぎさほう

人がその社会生活を円滑に営み、社会秩序を保つために用いる規範と実践の総体。

 礼とは温かい真心の具体的な表出であり、礼儀とは他との関係においてそれを判断・評価・行為の基準とする原則である。礼儀に基づいて社会的に様式化された言語的・非言語的表現が作法である。これらをあわせた礼儀作法の語は、主として社会の秩序や人間関係を構築し維持する価値基準および行動様式の意味で用いられる。

 礼儀は一般に人間に対してのみ行われるものと思われているが、本来は自己とかかわるすべての事物が対象である。人が外界の事物とかかわるとき、それらに向かう敬意愛情が、時、場所、場合に応じて言語的・非言語的に最適化して表出されたものが作法であり、神仏をはじめ道具や水、空気といった無機物など、あらゆるものが対象となりうる。神社で参道の中央を遠慮して歩く作法は神への敬意を表すためであり、漆塗りの膳(ぜん)にのせた器を持ち上げないまま引きずって移動させることを忌む作法は、膳を傷めないようにする心遣いによるものであって、そのどちらも客体は人でない。これら作法の根底にある思いやり、真心、誠意といった心情儒教では仁とされるもので、その発露が一定不変の行動理念としてそれぞれの民族や地域や時代において働くとき、行為は状況に応じて千変万化した作法として出現する。このように理念としての礼儀は不易の存在であり、実体としての作法は流行の存在といえる。

 礼は中国の前近代社会における伝統的社会制度や道徳規定として貴族社会の秩序をさすものであったが、孔子以降の儒家により理論化され、国家を頂点とする社会秩序に関して理論的に正当化する役割を担った。日本における礼儀作法の知識および概念は平安時代の公家社会においてすでに存在したが、文化として確立したのは武士が支配階級となった室町時代以降である。とくに室町中期に小笠原(おがさわら)氏が将軍家の弓馬師範として幕府の弓馬故実の中心に位置し、将軍をはじめ諸大名や幕府直臣に伝えたことが大きい。さらに江戸時代を通じて幕府の弓馬礼式をつかさどることで、小笠原流の礼法が公式な武士礼法として日本文化に定着した。元禄期には小笠原流を称する水島卜也(ぼくや)ら市井の礼法家が富裕町民や上層農民向けに換骨奪胎してこれを広めたが、華美に流れ、瑣末(さまつ)に走る傾向もみられた。明治以降にはとくに女子教育において礼法が採用され、明治10年代には小笠原氏の礼法を根底に置いた「小学女礼式」などが編まれ、20年代から30年代には高等女学校教授要目において古礼にこだわらず実生活に応用できるものを教えるべし、とされた。しかし教育の現場では煩瑣(はんさ)に過ぎる指導が行われ、応用の利かないものとする風潮が生じ、明治40年代には下田歌子ら女子教育者の疑義が公然と示されるようになった。そのころから茶道教育が現実生活にあった作法であるとして導入されるようになる。1935年(昭和10)から1938年にかけての戦時体制移行期に国民礼法の構想のもと作法教育の強化が進められ、1940年に礼法要項が公布されたのち、1941年から1942年にかけて多くの礼法要項解説書が出版された。しかしそこに示されるのはやはり厳格な型の学習とその遂行であり、終戦とともに姿を消した。現在は道徳教育の内容の一つとして学習指導要領に「気持ちのよいあいさつ、言葉遣い、動作」「礼儀」といった文言が示されるにとどまる。このように、教育における礼儀作法の流れは、温かい真心を根底に置きつつ現実的で簡素なものを求めるという理念と、煩瑣な内容と型に固執する現実との乖離(かいり)を繰り返している。

 昭和40年代なかばに冠婚葬祭の語が礼儀作法と同義に用いられるようになったのは、同名のベストセラーの存在とあわせて、礼儀作法が特殊なときの特殊な営みだと広く誤認されていたことによるものであり、堅苦しい、無意味、わけのわからない、といった負の印象は礼儀のみならず作法までが不易であるという思い込みによるものである。これらの負の感情の払拭(ふっしょく)には、家庭教育、学校教育、企業などにおける礼儀作法、マナー、エチケットの指導者が、「いざというとき恥をかかないためのもの」とする誤認を正し、その本質である温かい真心の表出への留意が求められる。

[柴崎直人]

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世界大百科事典(旧版)内の礼儀作法の言及

【作法】より

…【野村 雅一】
[中国]
 中国語で〈作法〉といえば,文章や物の作り方,事柄の処理の仕方を言い,エチケットにあたるのは〈礼節〉や〈礼貌〉という言葉である。中国では,礼儀作法は単なる美的しぐさではなく,〈礼〉という広大な体系の一環に組み込まれていた。〈礼〉は人間の社会的行為のすべてにかかわり,習俗,制度,さらには文化と言い換えてもよいが,そのなかでひと口に〈礼儀三百威儀三千〉(《中庸》)と呼ばれる,対他的な身体表現が日本語の作法に該当する。…

※「礼儀作法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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