挨拶(読み)あいさつ

精選版 日本国語大辞典 「挨拶」の意味・読み・例文・類語

あい‐さつ【挨拶】

〘名〙 (「挨」も「拶」も押すことで、複数で「押し合う」意から)
① 禅宗で、問答によって、門下の僧の悟りの深浅をためすこと。→一挨一拶。〔文明本節用集(室町中)〕
② 手紙の往復、応答のことば。
※上杉家文書‐(年未詳)(室町)一二月一六日・長尾景誠書状「左衛門大夫進退之事、度々申籠候之処、于今是非之挨拶者無之候」
③ 交際を維持するための社交的儀礼
(イ) 人と会った時、別れる時などに取り交わす儀礼、応対のことばや動作。
※虎明本狂言・眉目吉(室町末‐近世初)「某が子ながらも、さかしひやつじゃほどに、云におよばぬ、心得てあひさつをせひ」
(ロ) 応答。受け答え
※寸鉄録(1606)「口ばかりにてあいさつえしゃくよく」
(ハ) 社交的な応対。ふるまい
※申楽談儀(1430)猿楽常住の心得「人のあいさつ大事なるべし」
(ニ) 儀式、就任、解任などの時、祝意謝意親愛の意などを述べること。また、そのことば。
落語・出世の鼻(1892)〈禽語楼小さん〉「源兵衛澄し込んで手札を認めて近辺へ挨拶(アイサツ)に出掛けた」
(ホ) 発句または連句において、主人または客が、相手に対する儀礼、親愛の気持をこめて句を詠むこと。
※浮世草子・好色万金丹(1694)三「つむりつき玉のやうなぞ素露(しろきつゆ)となん挨拶(アイサツ)すれば」
(ヘ) 花柳界芸妓などが、客席に顔を出し、すぐ他の席へ行くこと。〔かくし言葉字引(1929)〕
(ト) 皮肉や悪意をこめた応答。→御挨拶(ごあいさつ)②。
④ 人と人との関係が、親密になるようにはたらきかけること。
(イ) とりもち。仲介。紹介。世話。
※浮世草子・日本永代蔵(1688)六「夫婦最前の薬師(くすし)を念に思ひ、あひさつせし人に面目かへり見ず頼み」
(ロ) 仲裁調停。とりなし。
浄瑠璃・八百屋お七(1731頃か)中「俄に不仲な様子をば聞てさりとは気の毒故、どふぞあいさつ致さうと」
※浄瑠璃・国性爺合戦(1715)唐船「仲人もない、挨拶ない、二人が胸と胸とに、起請も誓紙もおさめて有る」
⑤ 人と人との間柄。両者の仲。交際。付き合い。
※日葡辞書(1603‐04)「Aisatno(アイサツノ)ヨイヒト〈訳〉客あしらいのよい人。または気の合った仲間」
⑥ 仕返しをいう不良仲間の隠語。〔隠語全集(1952)〕
[語誌]中国語の原義は、前に在るものを推し除けて進み出る意であるが、禅家において、問答によってその力量を測る意の語として用いられ、更に、問答ではなく言葉のやりとりと語義が変化して、②以下の意味の用法が派生したものと考えられる。

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デジタル大辞泉 「挨拶」の意味・読み・例文・類語

あい‐さつ【挨拶】

[名](スル)《「挨」は押す、「拶」は迫る意で、本来、禅家で門下の僧に押し問答して、その悟りの深浅を試すこと》
人に会ったときや別れるときなどに取り交わす礼にかなった動作や言葉。「挨拶を交わす」「時候の挨拶
会合の席や集会で、改まって祝意や謝意などを述べること。また、その言葉。「来賓が挨拶する」
相手に対して敬意や謝意などを表すこと。また、その動作や言葉。「転勤の挨拶」「なんの挨拶もない」
(「御挨拶」の形で)相手の非礼な言葉や態度を皮肉っていう語。「これは御挨拶だね」
やくざや不良仲間で、仕返しをいう語。
争い事の中に立って仲裁すること。また、その人。「挨拶は時の氏神」
応答のしかた。口のきき方。
「馴れたる―にて」〈浮・一代男・二〉
人と人との間柄。仲。
「中川殿とこな様との―が」〈浄・五枚羽子板〉
[類語](1回礼自己紹介/(2演説弁論言論遊説立会演説街頭演説スピーチテーブルスピーチ

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「挨拶」の意味・わかりやすい解説

挨拶
あいさつ

日常の人間関係を円滑に取り運ぶための、一定の形式をもった、なかば儀礼的な相互行為。一方、人間関係を疎遠にするために交わすこともある。

 挨拶の方法は、互いに声をかけあったり、または特定の顔の表情や身ぶり手ぶりで示すなどさまざまであり、これらのことばや動作は、それぞれの社会において幼いころからしつけられる。また挨拶には、社会的空間において互いの関係を位置づけまたは確認するという目的も含まれているため、性、年齢、地位、身分、宗教、親族関係の有無あるいは差違、生活集団の内にあるか外にあるかなどの諸条件に応じて挨拶の仕方も違ってくる。

 たとえば、サウジアラビアの砂漠に住むベドウィンのある部族は、他部族のテントを訪れたとき、彼らのうちの男たちとだけ握手を交わす。訪問先が同一部族であって、相手が30歳くらいまでの同じリネージ(単系出自集団の一つ)であれば、軽い口づけを挨拶とする。中年以上、または別のリネージの者に対しては、相手の鼻に2~3回指を触れる。また相手が老人の場合は、リネージが異なれば単に指を鼻に触れるだけだが、リネージが同じなら鼻に接吻(せっぷん)をする。一方、女たちに対しては、リネージが異なり姻戚(いんせき)でもなければ、テント内の仕切り越しにことばをかけるだけである。しかし同リネージの場合は、女の区画へ入って行き、リネージの差異により握手あるいはベールを上げて頬(ほお)に接吻をする。

 このほか、変わった挨拶として、マサイなど東アフリカの牛牧民は地面に槍(やり)を逆さまにして突き刺すし、ニューギニア高地のモニなどは「アマカネ」といいながら指切りのようなことをして互いに引っ張って離し、パチンと音をたてることで親しみを表現する。またエスキモーによる満面笑みをたたえた特別の応対ぶりなど、個々の事例は旅行記や民族誌で多く紹介されている。

 しかし、諸民族とりわけ非西欧的社会における挨拶については、風変わりな部分だけが取り上げられ、ことさら話題にされる傾向が強い。だが、日本人が腰を折り身をかがめておじぎをし、欧米人が抱擁し接吻するのも、みる立場によっては、それぞれ変わった挨拶として受け止められよう。挨拶を考える場合、その背景にある社会的状況と文化的前提とを対比、関連させながら掘り下げる必要があろう。

[小川正恭]

日本人の挨拶方式

日本人の挨拶も対面交渉の前後に行われる応対方式であって、通例伝統的に形式化した「ことば遣い」に特定の「身ぶり」を伴う。挨拶の「挨」は押す、「拶」は押し返すの意で、本来は禅僧の「知識考案」における「受け答え」をさす語で、それが一般にも通用するに至ったもの。国語では古くから「物言い」あるいは「ことばをかける」「声をかける」などと言い習わし、狂言において応対文句に「何と」「物と」とあるのも同趣である。こうした応対方式は有職(ゆうそく)故実の「礼式」などに定型化されて伝存するが、むしろ民間一般の習俗が重視されるべきで、地方性と職業に従ってその様式は多様を極め、また時代による変遷も顕著である。

 挨拶の方式は「仲間内」と「仲間外」の別があり、また日常時(ケ)と特定の改まった場合(ハレ)とでは大きな違いが生ずる。日常の挨拶ことばは、天候や仕事の進度など共通の関心にかかわる「形式的用語」であり、季節や時刻で異なる。早朝のオハヨウは一般的であるが、このほかオヒンナリ、タダイマというような地方的用例もいろいろある。日中のコンニチハにも、オセンドサン、ゴショウダシなど、相手の働きぶりを褒める意味の挨拶ことばを用いる地方もある。また、オアガリ、ノマンシタカなど休息、食事にかかわるものや、オツカレ、オバンデ、オシマイナなど夕刻の挨拶には労働のねぎらいを示すことばが多い。夜のオヤスミも同義で、オイザト、ダッチョ、ザットヤーなどの方言には「目ざとくあれ」という古意が残っている。

 他家訪問や初対面の応対にも定型の用語があり、これらもまた地方的、職業的に特殊化した例が少なくない。ウチナ、イラシンスケなど家人の在否を尋ねる形から、オユルシナ、ゴヨウシャなど、今日のゴメンクダサイと同意の語が多く用いられ、さらに形式化してハイット、ヨイト、オイロンといった簡略語も生まれた。「物申(も)う」も簡略語の旧形で、現在は電話応対のモシモシに名残(なごり)をとどめている。サヨナラ、ソンナラという「別れことば」も多岐にわたり、マタナ、オミョウニチ、コンドメヤ、ソンデハマタなど再会を約す意味のものが多い。仲間内の日常挨拶ことばは簡略化が進み、まったくの符丁と化したものも珍しくはないが、それでも仲間関係の確認には足りるのである。

 正月礼、盆礼、節供礼や吉凶の訪問には、改まった慣習的挨拶ことばがあり、所によっては「口上書(こうじょうがき)」を伴う古形式さえ残っている。また、「仲間入り」の挨拶は職業によって違うが、おおむね重々しく、いわゆる「披露」の挨拶ともなると多分に様式化されるのを常とした。歌舞伎(かぶき)役者の「披露口上」などはその典型であり、また「やくざ仲間」の「披露」もものものしく、別に仲間外挨拶として「仁義をきる」という作法様式も生じた。

 一般に挨拶には呪術(じゅじゅつ)的祝福の意を伴うことが多いとされているが、日本の場合はそれが希薄で、わずかにトウデヤ、アリガトウなどの「礼ことば」に神仏をたたえる意が若干残る程度である。

 挨拶の「身ぶり」は多様で、日常の場合は簡略化されたものの、特定の席ではさまざまに様式化した。『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』によれば、下戸(げこ)が大人(たいじん)に会うと退いてうずくまり、両手をついてかしこまり、「噫(あい)」と返答するとか、あるいは公の場にあって大人の礼拝に両手を打って応ずる、とある。これは古形を伝えるものだが、少なくとも日本においては「頭を下げる」ことが伝統的様式であり、立礼と座礼ではその様式も異なる。とくに「ハレ」の席の座礼にあっては、扇の使用によってさまざまの形を生み出すことにもなった。

[竹内利美]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「挨拶」の意味・わかりやすい解説

挨拶
あいさつ

中世に日本に輸入された漢語で,元来,禅宗において僧が問答を繰返し合う意味,また単に受け答えの意味として使われた。現在では他人に対して尊敬や親愛の気持を表わす動作,言葉,文面などを意味するようになっている。生活のなかで挨拶に用いられる言葉は,「オハヨウ」「コンニチハ」「コンバンハ」「サヨウナラ」などが一般的なもので,これらに相当するものは各地とも大同小異である。地方によっては刻限に応じて内容を変える挨拶の言葉がまだ生きている。早朝は「オハヨウ」 (早く起きたね) ,続いて天候の挨拶。昼食前後は「ノミマシタカ」「オ茶オアガリ」 (昼食はお茶同様に簡単にすます) ,夕方は「オシマイナ」 (一日働いたから早くしまいなさい) ,「オバンデゴザイマス」,別れには「マタクルガ」「オアスウ」など思いやりのこもった言葉が使われている。別れの挨拶は「また会いましょう」の意味をこめたもので,永遠の別離を避ける配慮がこめられている。

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普及版 字通 「挨拶」の読み・字形・画数・意味

【挨拶】あいさつ

大勢がおしあう。挨擠(あいせい)。また、禅家で問答することをいう。宋・長庚〔海集、鶴林問道〕昔(むかし)天子登りて泰山に封ず。其の時、士庶挨拶す。

字通「挨」の項目を見る

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世界大百科事典 第2版 「挨拶」の意味・わかりやすい解説

あいさつ【挨拶】

俳諧用語。2句の唱和・問答を起源とする連句では,主客が発句(第1句),亭主が脇(第2句)を担当し,挨拶をかわす心でよむ。時と所と状況をふまえて当座の儀にかなうことが挨拶の心だから,発句はまず眼前当季の景物をめで,脇もそらさず同季で応じる。常連のみの一でも,発句・脇の担当者は同様の心でよむ。その上で,状況に応じて称賛・卑下などの寓意を託することもある。俳句に季語をよみこむのは,その名ごりであるが,近代の独詠は脇を予想しない。

あいさつ【挨拶】

人と人とが出会うとき,言葉や身ぶりのなんらかの儀礼的交換があるのがふつうである。いまデュルケームの宗教社会学の概念を借りて(《宗教生活の原初形態》1912),それらを〈消極的儀礼negative rite〉と〈積極的儀礼positive rite〉に分けることができるであろう。相手にみだりに近づく意図がないことを伝える接触回避のしぐさが前者である。古来中国では,目上の人の前は小走りに通るのが礼とされた。

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日本文化いろは事典 「挨拶」の解説

挨拶

あいさつは世界共通の行動ですが、その方法は国によって千差万別のようです。日本ではお辞儀が一般的ですが、タイではお辞儀の代わりに合掌を、ポリネシアでは鼻を使ってあいさつをします。また、今日の「おはよう」は「お早くから、ご苦労様でございます」などの略で、朝から働く人に対するねぎらいや気遣いの言葉でした。

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世界大百科事典内の挨拶の言及

【発句】より

…そもそもの起源が唱和問答にあったから,時節,場所がらなどの状況を巧みにとらえて相手に問いかけるのが発句本来の性格である。したがって,〈当季眼前〉の景物をよみこんで挨拶することが,長連歌においてもならいとなった。当然ながら一座の主賓格の人を立てることが多く,〈客発句とて昔は必ず客より挨拶第一に発句をなす〉といわれ,常連のみの集いでも発句をよむ者にはその気持が大切とされた。…

※「挨拶」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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