科学革命(読み)かがくかくめい(その他表記)scientific revolutions

改訂新版 世界大百科事典 「科学革命」の意味・わかりやすい解説

科学革命 (かがくかくめい)
scientific revolutions

狭義には,イギリスのケンブリッジ大学の歴史学教授であったH.バターフィールドが《近代科学起源》(1949)で用いた内容をさす。従来,世界史の上で中世近代を画する区切りとしてルネサンス宗教改革という事象が用いられていた。しかし,それらはいずれもヨーロッパ史上の局所的事件にすぎず,第2次大戦後,第三世界にまで視野の広がってきた世界史上の時代区分に用いるには適切でなく,とかくヨーロッパ至上主義史観だという非難をまぬかれえなくなった。そこでバターフィールドは,近代科学の普遍性に注目し,これをもって世界史を区切るのが適切であると考え,近代科学の成立(広義には16世紀のコペルニクスから17世紀のニュートンに至る時期,狭義には近代科学の方法の確立する17世紀のガリレイからニュートンにわたる時期)を科学革命と呼び,それをもって近代を画することを提唱した。

 バターフィールドの提唱が広く学界,教育界で受け入れられているとはいえないが,科学史学のなかでは,この科学革命の要因について研究や議論が深まった。そして,力学的自然観の成立とか近代学会の形成とかの要因が析出された。しかし,このような意味での〈科学革命〉は,そういった諸要因が混在した17世紀の漠然たる知的状況をさす以上のものではなく,十分学問的概念とするには至らなかった。また科学革命という呼び方は実は産業革命になぞらえたものであるが,後者はより広範にみられる社会現象であったのに対し,前者は一にぎりの知識人の頭脳に発生した思想革命にすぎない。そこで,社会的色彩をより強調して,19世紀のうちに西洋で科学の制度化が起こり,科学者という職業集団が成立したことをもって,第2次科学革命と呼ぶ呼び方もある。

 以上の意味での科学革命は英語では大文字でScientific Revolutionと書かれる固有名詞であって,歴史上起こった1回限りの現象である。それに対してT.クーンは,その《科学革命の構造》(1962)において,小文字・複数の科学革命,つまり一般名詞に定義しなおした。彼によれば,科学者たちはあるパラダイムのもとに通常科学の伝統を開き,その伝統の中で変則性が多く認められるようになると危機が生じ,やがて別のパラダイムによってとって代わられて科学革命が起こる,とする。つまり異なったパラダイムへの変換・移行が科学革命だとしたのである。例としては,天動説天文学から地動説天文学への移行や,ニュートン力学からアインシュタイン相対論への転換が考えられる。今日,科学論において用いられるのは,このクーンの意味での一般名詞である。大文字のない日本語で区別する際は,17世紀科学革命といえば前者の意味,ただ科学革命といえば後者の意味で使われると考えてよいであろう。

 以上のようにはっきりした意味内容をもつ2例の用法とは別に,科学革命なる言葉は現在の急激な科学技術の発展を示す言葉として俗用される。その最もよい例としてC.P.スノーの《二つの文化と科学革命》(1959)がある。この意味での科学革命は,18世紀産業革命が科学によって起こされたものではなかったのに対し,現在は科学が技術に応用され,科学と技術とが融合することによって,社会に革命的な変化をもたらす点をいうのであって,より正確には科学技術革命というべきであろう。
科学
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最新 心理学事典 「科学革命」の解説

かがくかくめい
科学革命
scientific revolution

科学革命は初めケンブリッジの近代史家バターフィールドButterfield,H.によって英語の大文字による固有名詞Scientific Revolutionとして用いられ,従来のルネサンスや宗教改革に代わる近代を画するより普遍的な時代区分として提唱された。彼がその著『近代科学の誕生The rise of modern science』(1978年,1949年の初版原題は「近代科学の起源」)で述べたところによると,かつてルネサンスや宗教改革を近代の初めとしたのは,西欧中心史観によるものである。戦後はアジアなど第3世界が独立して,世界史のレベルでグローバルに歴史を見る時,彼らにとってルネサンスや宗教改革は単にヨーロッパの地域の歴史を区分するものにすぎない。たとえば,日本人にとってルネサンスや宗教改革はどういう意味をもつであろうか。こういう点から彼は近代の時代区分をより普遍な「科学革命」に求め,それを17世紀のガリレオからニュートンに至るころの近代科学の成立をもって近代を区切るものとした。初めはこの新しい時代区分法は主として科学史家に用いられていたが,だんだん一般西洋史家にも用いられるようになってきた。

 これを複数の一般名詞scientific revolutionsとしてその構造を論じたのがクーンKuhn,T.S.である。クーンはその著『科学革命の構造』(1962)で「パラダイム」概念によって科学革命を説明する。パラダイムparadigmとは「広く人びとに受け入れられている業績で,一定の期間,科学者に,自然に対する問い方と答え方の手本を与えるもの」と定義される。自然学・物理学におけるアリストテレスの『フィジカ』やニュートンの『プリンキピア』など,天動説天文学におけるプトレマイオス『アルマゲスト』,地動説天文学におけるコペルニクス『天体の回転について』はパラダイムの代表的な例である。あるパラダイム的な業績を真似ながら累積的にその路線の上で行なう研究を通常科学という。パラダイムが変わると科学革命となる。クーンがこの書で導入した用語で科学の発展を述べると,一つの科学革命が起こって科学者たちは新しいパラダイムの下に通常科学の伝統を開き,その伝統の中で変則性が目立ってくるなどパラダイムの危機が訪れると,科学者は別のパラダイムに移る次の科学革命の準備をするということになる。アリストテレスの自然学からニュートンの力学へ,プトレマイオスの『アルマゲスト』を天動説パラダイムとして発展していた天文学からコペルニクスの『天体の回転について』の地動説パラダイムに移るのは科学革命の好例である。

 かつてのポジティビストの科学発展史観では,科学は累積的・定向進化的にある絶対不変の方向に進歩するものと考えられていたが,クーンによると科学革命が起こって,その後は異なった路線の方向に向かうとし,科学のヒストリオグラフィーに大きなチャレンジを与えた。とくに社会科学ではその影響が強く表われた。

 ただクーンは,『科学革命の構造』という題にもかかわらず,その構造の一般的性質を引き出しているわけではない。「革命」は所詮,フランス革命のような政治的な革命をモデルとして考えられたものである。そして「産業革命」という社会革命との対比がクーンの念頭にあった。また「産業革命」も学問的な歴史のテクニカル・タームとしては使いにくい。同様に「科学革命」をバターフィールドのように17世紀西欧に起こった現象とすれば問題はないが,一般名詞としての「科学革命」はさまざまな意味に用いられ一般化しにくい。ただ,「パラダイムが変わる」を一般化して使うことはできよう。
〔中山 茂〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「科学革命」の意味・わかりやすい解説

科学革命
かがくかくめい
scientific revolution

狭義と広義の二義がある。狭義には、第二次世界大戦後、イギリス、ケンブリッジ大学近代史教授のバターフィールドがその著『近代科学の誕生』The Origins of Modern Science(1949)で唱導したもので、コペルニクスのころから始まって17世紀のガリレイ、ニュートンのころに完結する近代科学の成立の事象をさす。

 西洋の歴史叙述のうえでは、伝統的に「近代」はルネサンスや宗教改革によって画されていたが、戦後、非西洋諸国の独立と興隆とともに、以上のような西洋中心的な事象で世界史の時代区分を行うことの不適切さに気づいたバターフィールドは、非西洋圏でも受け入れられる近代科学の普遍性に注目し、科学革命をもって近代を画することを提唱した。「科学革命」は「産業革命」を模して造語されたものであるが、ともに学問的分析用具として使えるほど厳密な内容と定義をもつものではない。厳密であろうとすれば、近代科学の成立のさらに要素分析が必要であり、力学的自然観の定着とか、実験科学の成立とかが取り出せる。狭義の「科学革命」は、そうしたことよりも、歴史上ヨーロッパに起こった1回限りの現象として、固有名詞として扱われ、しばしば大文字でScientific Revolutionと書かれる。日本語では「17世紀科学革命」とすれば他と混同されることはない。「科学革命」を広義の意味で一般名詞として用い、学問的分析用具としての普遍性をもたせたのはアメリカのクーンである。彼の『科学革命の構造』The Structure of Scientific Revolutions(1962)における「科学革命」は、小文字で書かれた一般名詞であるうえに、複数である。つまり科学革命は時と場所を問わず何度も生起する現象である。

 そのメカニズムの分析に際して、クーンは、特定の科学者集団が奉じるパラダイム(一定の期間その集団の科学者に問い方と答え方のモデルを与える古典的業績)に従って通常科学の研究が行われるが、変則性が現れてパラダイムに危機が生じ、ついに科学革命が起こって、他のパラダイムにとってかわられる、とする。従来、科学はただ累積的に一定方向に進歩すると考えられていたが、クーンのそれは、科学革命によって研究の路線の方向が変えられるものであることを示し、一般思想界にも強い影響を与えている。

[中山 茂]

『T・クーン著、中山茂訳『科学革命の構造』(1971・みすず書房)』『H・バターフィールド著、渡辺正雄訳『近代科学の誕生』(1978・講談社)』

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「科学革命」の解説

科学革命(かがくかくめい)
scientific revolution

人類の,自然科学,技術,美学に対する態度や考え方の大きな変更のこと。一般には,17世紀のヨーロッパに生じ,近代の科学技術を産み出すもととなった自然科学分野における大転換(アリストテレス的な古代・中世の自然観から近現代の自然観へ,機械論・唯物論の興隆,自然哲学の数学化,実験の高度化など)をさす。日本での「科学革命」概念は,アメリカの科学史家T.クーンの著作『科学革命の構造』によって普及した。また,科学知識,生産技術の改善・組織化にまで視野を広げた歴史学(産業史,工業史)には,「革命」を超長期にとらえ,第1波を18~19世紀の「産業革命」,第2波を20世紀の「エネルギー革命」(石炭,水力から石油,原子力へ)とする研究がある。

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旺文社世界史事典 三訂版 「科学革命」の解説

科学革命
かがくかくめい

ヨーロッパにおける,17世紀の自然科学の発達をさす
ガリレオからニュートンに至る,近代科学確立の時期をさし,観察・実験による知識の体系化や,演繹・帰納法などの方法論が確立し,科学の諸分野における急速な進歩が起こった。

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世界大百科事典(旧版)内の科学革命の言及

【パラダイム】より

…近代英語の用法では,とくにラテン語などの名詞や動詞の語型変化を記憶する際の〈代表例〉――例えば定形動詞の変化として“愛する”のamoを用いて,amo,amas,ama,……という人称変化や時制変化,モード変化を記憶する――の意味で用いられることが多かった。しかし1962年,T.S.クーンの《科学革命の構造》が発刊され,そのなかで,クーンはこの言葉に新しい特定の意味を与えて使い,この用法が非常な普及を見せたため,それ以降〈パラダイム〉は,欧米でも日本でも(ときに〈範型〉〈範例〉と訳されるが,通常はこの片仮名書きが多用されている),クーンの意味によることになった。 クーンの〈パラダイム〉は,科学の歴史や構造を説明するために持ち込まれた概念で,ある科学領域の専門的科学者の共同体scientific communityを支配し,その成員たちの間に共有される,(1)ものの見方,(2)問題の立て方,(3)問題の解き方,の総体であると定義できよう。…

【バロック】より

…なお,バロックの概念については,〈バロック美術〉の項の冒頭の記述をも参照されたい。
【世界観としてのバロック】
 文化・思想の原理としてのバロックは,とりわけ,一方では〈反宗教改革〉運動によって,また他方では〈科学革命〉のもたらした動的宇宙像によって体現されている。
[イエズス会]
 反宗教改革とは,プロテスタントの〈宗教改革〉からの打撃から立ち直るべくカトリックが対抗して行った自己改革・自己脱皮の企てであり運動である。…

※「科学革命」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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