腹部膨隆

内科学 第10版 「腹部膨隆」の解説

腹部膨隆(症候学)

鑑別診断
 おもな鑑別として6つのF(six F’s):鼓腸(flatus; meteorism),腹水(fluid;ascites),胎児(fetus),宿便(feces),肥満(fat),腫瘍(fibroid;tumor)があげられる. 鼓腸(気体),腹水(液体),腹部腫瘤固体)などの鑑別を,診察所見,腹部X線撮影や腹部超音波検査にて行う.問診で,発症様式,自覚症状,基礎疾患の有無,腹部手術などの既往歴,薬剤服用歴を詳しく聞き取る.視診では,腹部全体が膨隆しているのか,局所性なのか見極める.手術瘢痕なども観察する.聴診では,腸雑音,振水音,血管雑音などに注意する.触診では波動,呼吸性移動,圧痛,筋性防御,打診では鼓音(気体),濁音(液体か固体),音響変換現象などに注意を払う.問診,診察後に,血液検査,尿検査,腹部単純X線検査,腹部超音波検査を行い,必要に応じて腹部CT,MRI検査,消化管内視鏡検査,消化管造影検査,腹部血管造影検査などを追加する.
1)鼓腸:
鼓腸とは腸管内にガスが異常に貯留した状態をいう.消化管内には通常約200 mL程度のガスが存在しており,約99%は窒素,酸素,二酸化炭素,水素メタンで占められている.腸管外(腹腔内)にガスが貯溜する場合は気腹(腹膜性鼓腸)とよばれる.鼓腸は腸管内ガスの生成(①空気の嚥下によるもの,②腸内細菌によって生じるもの,③血液中より腸管内に移行するもの,④胃内容と膵液や腸液の混和によって発生するもの)と排泄(①小腸壁より血液中へ,②放屁,おくびとして体外へ)のバランスがくずれて生じる.
 空気嚥下症,神経症,ヒステリーなどでは,空気の嚥下を異常に増加させ鼓腸が起こる.胃内に空気が大量に貯留し,狭心症様症状を呈する場合を胃泡症候群とよぶ.飲み込まれた空気が解剖生理学的理由から,脾弯曲部に異常にガスが貯まり,びまん性の腹部膨隆を引き起こす場合は,脾弯曲部症候群とよばれる.これらは消化管の運動異常(ジスキネジア:dyskinesia)が関係し,心因性要因があることが多い.腸からのガスの吸収障害によって起こる鼓腸は,心不全,低血圧,門脈圧亢進症などによる腸循環障害,あるいは腸炎が原因であることが多い.通過障害は,イレウス腸狭窄,腸運動低下(麻痺性イレウス,脊髄障害,感染症,低カリウム血症,モルヒネの使用など)でみられる.
2)腹水:
腹水は腹腔内に生理的に存在する量をこえて液体が貯留した状態をいう(詳細は後述).腹部超音波検査では極少量の腹水(100 mL)の存在でも診断できる.超音波検査下の腹水穿刺はきわめて有用でありルーチンに行われる検査である.
3)腹部腫瘤:
問診,視診,触診,聴診,打診をおろそかにせず注意深く所見をとらえる.腫瘤の発生臓器とその位置の特徴に留意して,腫瘤の位置,大きさ,形,硬さ,表面の性状,圧痛,移動性,呼吸性移動などを把握する.一般的に,良性ではやわらかく,表面平滑で境界明瞭で可動性良であるのに対して,悪性では硬くて表面凹凸不整,境界不明瞭で可動性不良である(表2-19-1). 腹部腫瘤の部位と考慮する臓器と疾患について図に記す(図2-19-2).
 a)右季肋部:おもな臓器としては肝臓,胆囊,大腸(肝弯曲部)がある.疾患としては,肝癌,肝膿瘍,肝囊胞や肝臓が腫大する疾患(急性肝炎,慢性肝炎,脂肪肝),代謝性疾患(糖原病,アミロイドーシス),造血器腫瘍なども鑑別疾患としてあげられる.胆囊癌,胆石症,胆囊炎による胆囊腫大や膵頭部領域の癌などによる無痛性の胆囊腫大(Courvoisier徴候)も鑑別にあげられる.
 b)心窩部:肝臓,胃,膵臓,大腸(横行結腸)などの臓器が主である.胃癌,胃肉腫,急性膵炎,慢性膵炎,腫瘤形成性膵炎,膵癌,膵囊胞,仮性膵囊胞などを考慮する.
c)左季肋部:脾臓が重要臓器である.脾腫をきたす脾腫瘍,感染症,血液疾患,肝疾患のほかに,左結腸癌,膵尾部癌,胃癌でも左季肋部に腹部腫瘤をきたすことがある.
d)臍周囲部:胃,大腸(上行,横行,下行結腸),腎臓,副腎,腹部大動脈などの臓器があり,腎癌,腎囊胞,副腎腫瘍,腹部大動脈瘤,臍ヘルニアなどがあり後腹膜腫瘍も腹部腫瘤として触知されることがある.
e)下腹部:下腹部腫瘤を形成する臓器としては,卵巣,子宮,膀胱,大腸(回盲部,下行結腸)などがある.膀胱腫瘍,卵巣腫瘍,卵巣囊腫,卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome:OHSS),妊娠子宮,子宮癌,子宮筋腫,虫垂炎,回盲部周囲膿瘍,Crohn病,腹壁瘢痕ヘルニアなどを考慮する.
f)腹部全体:手術瘢痕部に認められるSchloffer腫瘤,消化管間葉系腫瘍(gastrointestinal stromal tumor:GIST)などがある.[向坂彰太郎・入江 真]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報