共同通信ニュース用語解説 「足利事件」の解説
足利事件
1990年5月12日、栃木県足利市のパチンコ店で保育園児
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1990年5月12日、栃木県足利市のパチンコ店で保育園児
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1990年(平成2)5月12日夕、栃木県足利市内のパチンコ店で4歳の幼女が行方不明となり、翌朝同市内の渡良瀬(わたらせ)川河川敷において遺体で発見された事件。足利市内の幼稚園のバス運転手をしていた菅家利和(すがやとしかず)が有罪判決を受けて服役したが、その後、菅家のDNA型が被害者の下着に付着した犯人の精液とは一致しないことが明らかになり、再審のうえ無罪が確定した。
[江川紹子 2016年11月18日]
足利市内では、1979年(昭和54)と1984年にも行方不明となった幼女が遺体で発見される事件が起きており、いずれも未解明であったこともあり、栃木県警は本件発生後、足利警察署に捜査本部を置いて大がかりな捜査を行った。その結果、菅家のDNA型および血液型が犯人と一致したとして、1991年12月1日朝に菅家を任意同行。取調べで虚偽自白に追い込み、翌2日未明に逮捕した。宇都宮地検はわいせつ目的誘拐、殺人、死体遺棄罪で起訴。栃木県警は、本件前におきた2件も菅家の犯行とみて追及し、認めさせたが、宇都宮地検は嫌疑不十分で不起訴としている。
菅家は、一審の第6回公判で否認に転じたが、宇都宮地裁は1993年7月7日に無期懲役の有罪判決を下した。東京高裁も控訴を棄却。2000年(平成12)7月17日に最高裁が上告を棄却し、同月27日に有罪が確定して、菅家は千葉刑務所で服役することになった。
[江川紹子 2016年11月18日]
本件が発生したのは、DNA型鑑定が犯罪捜査に使われるようになり始めたばかりの時期であった。警察庁科学警察研究所で行われているMCT118型鑑定では、当初、同じ型の人は1000人に1.2人であると喧伝(けんでん)され、新聞は「指紋なみ」の高い個人識別力があると報じたが、後にそれほどの精度ではないことが判明している。そのうえ、最高裁での上告審で、弁護人から依頼された法医学者が、菅家の髪の毛を使って同じMCT118型鑑定を行ったところ、犯人とは別のDNA型であることがわかった。それでも最高裁は、科学警察研究所の鑑定は信頼できるとして、上告を棄却した。
弁護団は、DNA型の違いを理由に、2002年に再審を請求したが、宇都宮地裁は2008年2月に棄却。しかし、東京高裁がDNA型の再鑑定を認め、検察側、弁護側それぞれが推薦する法医学者2人によって新たな鑑定が行われた。その結果、どちらも菅家のDNA型は犯人とは一致しないという結論だった。2009年6月4日、東京高検は刑の執行を停止して、菅家を釈放した。再審開始が決まる前の釈放は異例である。6月23日に東京高裁が再審開始を決定した。
[江川紹子 2016年11月18日]
栃木県警は、本部長が菅家に謝罪。本件で受賞していた警察庁長官賞など四つの賞を返納した。宇都宮地検も、検事正が謝罪した。
2009年10月に宇都宮地裁で始まった再審で、検察側は無罪の論告を行った。2010年3月26日、同地裁は「菅家氏が本件の犯人でないことはだれの目にも明らかになった」として無罪の判決を出した。判決言い渡しの後、裁判長が「菅家さんの真実の声に十分に耳を傾けられず、17年半もの長きにわたり自由を奪ったことを誠に申し訳なく思います」と述べ、3人の裁判官が頭を下げて謝罪した。
再審無罪判決の後、警察庁、最高検察庁、日本弁護士連合会がそれぞれ本件の検証報告書を発表した。警察の報告書では、DNA型鑑定を過大評価し、菅家を虚偽自白に追い込んだことや、自白の吟味が不十分であったことなどが反省事項としてあげられたが、菅家が取調べ時に捜査員から暴力があったと訴えている点については否認した。検察の報告書でも、鑑定の過大評価や自白の吟味・検討が不十分であったことなどが反省点とされた。
日弁連の報告書では、捜査段階と一審段階での弁護人の弁護活動についての検証が行われている。それによると、捜査段階で弁護人は、短時間の接見を3回行っただけで、なすべき助言をしておらず、菅家との信頼関係が築けなかった。一審の裁判においても、十分な打合せを行わず、菅家の確認をとらずに、捜査段階の自白調書などを証拠採用することに同意。菅家が否認した後にも適切な対応をしていなかった。弁護士が菅家を犯人だと思い込み、弁護人としての役割を果たしていなかったと報告書は結論づけている。
控訴審段階から別の弁護士が弁護人となって、ようやく本格的な弁護活動が行われるようになった。
裁判所の対応も批判されている。とくに、弁護側から出された新たな鑑定を無視して有罪判決を確定させた最高裁に対して、日弁連報告書は、「終審としての任務を放棄した」と厳しく論難した。
まったく無実の人が、本件を含めて3件もの殺人事件の自白に追い込まれていたことが明らかになって、取調べの全過程を録音・録画する可視化を求める流れが加速。菅家自身も、可視化を要求するさまざまな集会に参加して発言した。
なお、本件は2005年に公訴時効が成立しており、今後真犯人がみつかっても、逮捕・起訴されることはない。
[江川紹子 2016年11月18日]
(北健一 ジャーナリスト / 2010年)
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