DNA鑑定(読み)でぃーえぬえーかんてい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「DNA鑑定」の意味・わかりやすい解説

DNA鑑定
でぃーえぬえーかんてい

DNAデオキシリボ核酸)の構造が個人によって異なる特性を利用し、関係者のDNAデータをもとに、特定の個人や種を識別するもの。刑事事件や民事事件での個人識別、血縁鑑定や親子鑑定などで用いられ、犯罪捜査や法医学領域に役だっている。

 ヒトを含めた真核細胞のDNAの大部分は核内の染色体に存在し、アデニングアニンシトシンチミンをおもな塩基とし、これにデオキシリボースとリン酸が結合した4種のデオキシリボヌクレオチドが単位となっている。この塩基の配列順序(塩基配列)によって、個体の遺伝情報のすべてがDNA分子の上に保存されている。塩基配列の変異によるDNA多型は従来の血液型より遺伝情報量が多く、またDNA塩基配列を自動解析する自動シーケンサーの開発、PCR(DNAの特定領域増幅技術)で増幅したPCR産物の電気泳動分析方法の進歩によって、DNA多型の検査、すなわちDNA鑑定は個人識別や親子鑑定の主流となっている。

 DNA多型は制限酵素(DNA切断酵素)による切断部位や塩基配列の反復配列数に個体差がある。その型は一定の頻度で検出され、メンデルの法則に従って遺伝する。分析法には、試料をゲル電気泳動後にナイロン膜に転写してDNAを検出するサザンブロット法、PCR処置した試料をゲル電気泳動し、分離されたDNA断片を銀染色法などで検出して泳動距離の差で多型を識別するPCR法がある。現在、蛍光染色したプライマー(PCRの増幅試薬)を用いて試料のPCR増幅を行い、キャピラリー電気泳動装置を用いてグラフ(エレクトロフェログラムelectropherogram)として検出する方法が多い。法医学的試料では、採取量が微量なことが多いので、PCR法を基本とする。1985年のジェフリーズAlec John Jeffreys(1950― )らによるDNA指紋法は各染色体上の多数のミニサテライト(反復配列の長さが十数塩基から数十塩基)をサザンブロット法で同時に検出する方法である。各個人のパターンがそれぞれ異なって判定されるので、指紋と同じような個人識別の標識とみなし、DNAフィンガープリント法とよばれている。ただし、混合試料や微量試料では誤判定する危険性がある。法医学的試料では、検出や型判定が容易なSTR(short tandem repeat)/マイクロサテライト(反復配列の長さが数塩基以下)が用いられる。またSTRは疾患感受性遺伝子の存在位置を正確に示すDNA多型マーカー(標識)としても優れている。

 DNA鑑定は、個人情報とかかわり、プライバシー問題を引き起こす。欧米では種々論議され、規制がみられる。日本では、1992年(平成4)に「DNA鑑定法を捜査手法として活用する際のガイドライン」が警察庁で作成され、県警察本部に通達されている。DNA検査技術の進歩によって、1997年ごろから頬粘膜細胞を擦りとってDNA鑑定をするビジネス(親子鑑定会社)ができている。このDNA鑑定では、関係者の同意は必要ではなく、インターネットによる宣伝で、営業を展開している。1997年の日本DNA多型学会での「DNA鑑定についての指針」では、関係者の同意は不可欠となっている。また1999年の日本法医学会の「親子鑑定についての指針」では、倫理的配慮に基づいたDNA鑑定を発表している。2001年には厚生労働省、文部科学省、経済産業省でまとめた「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の3省指針が公表されている。3省指針は2005年の個人情報保護法の施行に伴って見直されている。なお、ユネスコの生命倫理委員会は2003年に「DNA鑑定は人権保護に関する国際法に合致する国内法に基づいて行う」としている。日本では、DNA鑑定の確実な方法はほぼ確立し、信頼されうるものになりつつある。ただし社会的利用については種々な問題点があり、将来、適正に利用されうる規制が必要である。

[澤口彰子]

『澤口彰子・溝口秀昭・清水勝編著『臨床と血液型』(1993・朝倉書店)』『日本DNA多型学会編『DNA鑑定についての指針、DNA多型』(1998・東洋書店)』『日本法医学会編「日本法医学会親子鑑定についてのワーキーンググループ」(『日本法医学雑誌』53号所収・2000・日本法医学会)』『勝又義直著『DNA鑑定――その能力と限界』(2005・名古屋大学出版会)』『澤口彰子他著『臨床のための法医学』第5版(2005・朝倉書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「DNA鑑定」の意味・わかりやすい解説

DNA鑑定
ディーエヌエーかんてい
DNA fingerprinting

細胞内に存在するデオキシリボ核酸 DNAの配列が各人で異なることに注目し,これを分析することで個人識別を行なう鑑定方法。DNAを PCR(遺伝子増幅法)を用いて分析可能な量にまで増やすことにより,ごく微量の血痕や体液,毛髪などがあるだけで検査ができる。特に殺人事件や強姦事件の犯人特定にきわめて有効とされ,日本では警察庁が 1992年に DNA鑑定法に関するガイドラインを作成し,全国の都道府県警察本部に通達してから本格的に使われるようになった。鑑定結果を証拠に有罪判決をくだした裁判例や,1980年に確定した判決について証拠捏造の疑いがあることを立証し 2014年に再審にこぎつけた袴田事件のような例もある。逆に,だれがどこにいたかがわかるため,むやみな使用はプライバシーを侵害するおそれがあるほか,DNA鑑定結果に頼りすぎて重要参考人を早々に容疑者リストからはずしていた事件の例もあり,利用上の問題も指摘される。犯罪捜査以外にも活用されており,血縁関係の特定では出生時の産院での取り違えが約 50年たってから立証された例もあるほか,ブランド米と偽って販売される米の摘発など種苗法上の権利保護にも役立っている。(→科学的捜査

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