顧炎武(読み)こえんぶ(英語表記)Gù Yán wǔ

精選版 日本国語大辞典 「顧炎武」の意味・読み・例文・類語

こ‐えんぶ【顧炎武】

中国、明末・清初の学者。字(あざな)は寧人。号は亭林。江蘇崑山の人。清朝考証学基礎を確立し、黄宗羲、王夫之とともに清初の三大師と呼ばれる。音韻、金石などの学にも精通し、また詩文にすぐれた。著「日知録」「天下郡国利病書」「音学五書」「亭林詩文集」など。(一六一三‐八二

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デジタル大辞泉 「顧炎武」の意味・読み・例文・類語

こ‐えんぶ【顧炎武】

[1613~1682]中国、明末・清初の思想家・学者。崑山こんざん江蘇省)の人。あざなは寧人。号、亭林。その学問は経世を目的とし、歴史・地理・制度史・経学・音韻訓詁くんこなど多方面にわたり、清朝考証学の祖とされる。著「日知録」「天下郡国利病書」「音学五書」など。

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改訂新版 世界大百科事典 「顧炎武」の意味・わかりやすい解説

顧炎武 (こえんぶ)
Gù Yán wǔ
生没年:1613-82

中国,明末・清初の学者。名は絳(こう),字は忠清。明の滅亡後,名を炎武,字を寧人に改めた。号は亭林。江蘇省崑山の人。清朝考証学の開祖として知られるが,あくまでも明の遺民として生きぬき,異民族王朝の清には終生仕えなかった。帰有光の曾孫帰荘とともに復社に加わっていたが,32歳のとき明が滅び,南京に擁立された小朝廷のため蘇州に従軍する。翌1645年(順治2),清軍は南京に入城し崑山も落城して,養母の王氏は,二姓に仕えるなと遺言して死ぬ。顧炎武は商人に変装して江南を旅し,数年して帰ると身に危険が迫る。45歳で郷里を去り,以後20年が彼のいわゆる異州の賢を求めての旅行となり,各地の学者や詩人たちと交わるが,北京では明の十三陵,南京では孝陵(洪武帝の陵墓)への参拝が6,7度に及ぶ。いつも2頭のロバに書物を載せ,辺境では老兵を呼んで,地形をきき,書物について確かめた。《天下郡国利病書》《金石文字記》など,この旅行の実地踏査が生かされている。65歳から陝西省の華陰県に住んだが,そこは天下の形勢を見きわめて討って出るにも都合よい土地と考えてのことであった。

 その学問も経世の学といって,実際の世に役立つ学問であることを志したが,それは明末に陽明学系統の学問が無学のまま空理空論をする弊風に落ちたのを批判してであって,広く書物を読み,かならず確実な証拠にもとづいて発言するという実証精神を根幹としている。《日知録》は一貫して厳しい学的態度を持し,彼につづく学者たちに学問の方法とそのありかたを示すこととなった著述である。古典を言語学的に読解するための古代音韻研究の成果が《音学五書》で,《詩経》の押韻を調べて古韻を10部に分けたのが,のちの段玉裁の古韻17部説をみちびく。詩文のうえでも当時一流の作手と目されるが,その詩は〈詩は志を言う〉の精神をもって貫かれている。その博学と卓越した識見とが,清一代の学問と文学を生み成す基盤を築いた。《亭林遺書》がある。なお顧炎武と同じく明の遺老として知られる学者に,黄宗羲(こうそうぎ),王夫之(おうふし)らがある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「顧炎武」の意味・わかりやすい解説

顧炎武
こえんぶ
(1613―1682)

中国、清(しん)代初期の思想家、学者。幼名は絳(こう)。明(みん)朝滅亡後改名し、名を炎武、字(あざな)を寧人(ねいじん)、号を亭林とした。江蘇(こうそ)省崑山(こんざん)県の人。名家に生まれ、清軍南下に際して抵抗運動を行う。その後も家の没落、筆禍事件に連座して投獄などを体験、朝廷の招聘(しょうへい)を死を覚悟で拒絶、住居を定めず一生を旅寓(りょぐう)に終えるなど数奇な運命をたどった。旅途や旅寓で学問著述をして、『日知録(にっちろく)』『音学五書』『天下郡国利病(りへい)書』などの名著を残し、黄宗羲(こうそうぎ)、王夫之(ふうし)とともに清初の三大思想家に数えられる。旧来の観念論的な性理学や心学を批判し、同時代の資料を重んずる実証的な経書研究法を樹立し、考証学の開祖ともいわれる。炎武の学問は、明朝滅亡の危機意識を内に秘めて政治社会に有用なものだけを研究するという態度を堅持するものであり、「天下を保つのは、賤(いや)しい匹夫にも責任がある」とのことばは、清末の変法派にも愛唱された。

[佐野公治 2016年3月18日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「顧炎武」の意味・わかりやすい解説

顧炎武
こえんぶ
Gu Yan-wu

[生]万暦41(1613).5.28. 江蘇,崑山
[没]康煕21(1682).1.9. 山西,曲沃
中国,明末清初の学者。もとの名は絳 (こう) 。字は忠清。清代以後は名を炎武,字を寧人,号を亭林と改めた。明末混乱期に反清運動に参加。明滅亡後は終始清朝からの出仕要請を断り,各地を旅行して学問,著述に励んだ。若い頃から学名が高く,朱子学の立場を取ったが明末の学問が空論に走るのを批判し,該博な知識をもとに,経学,地理学,言語学など広い分野に実証的な研究を行なった。王夫之黄宗羲とともに「清初三大儒」と称せられ,清朝考証学の祖とされる。主著『日知録』は読書備忘録の体裁で万般の事象の考証を記し,その批判と理想を述べたもの。文学者としても,「復社」同人として早くから文名があり,詩,文ともにすぐれる。著書『天下郡国利病書』『音学五書』『亭林詩集』。

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百科事典マイペディア 「顧炎武」の意味・わかりやすい解説

顧炎武【こえんぶ】

中国,明末清初の学者。字は寧人。号は亭林。江蘇省崑山の人。明滅亡後福王のもとで反清の軍事活動をしたが敗れ,以後各地で復明運動を続けた。清朝の招きに応ぜず,終生野にあって学を講じた。異民族支配に反抗するその精神は清末の革命家に大きな影響を与えた。宋・明の理学を排し,経世致用の実学に志し,清代考証学の祖とされる。著書《日知録》《天下郡国利病書》など。
→関連項目儒教章炳麟

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「顧炎武」の解説

顧炎武(こえんぶ)
Gu Yanwu

1613~82

明末清初の学者。江蘇省崑山(こんざん)の人。明の遺臣として清に仕えず,学問,著述に専念。実証主義による経世実用の学を尊び,清朝考証学の基礎を開く。『日知録』『天下郡国利病書』『音学五書』などを著す。

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世界大百科事典(旧版)内の顧炎武の言及

【金石学】より

…宋の石刻の学は,北宋末の趙明誠《金石録》30巻,南宋洪适(こうかつ)の《隷釈》27巻,《隷続》21巻と続く。金文と同様に研究の次の頂点は清代で,顧炎武《金石文字記》6巻,朱彝尊(しゆいそん)《金石文字跋尾》6巻がその口火を切った。 石刻研究は,石刻と歴史文献との差異を考証する方向と,文字を書法,芸術作品として扱う方向に大別される。…

【考証学】より

…対象とする領域は,経学を中心に,文字学,音韻学,歴史学,地理学,金石学などきわめて広範にわたっている。 清代の学問の開祖となったのは,経学の方面では顧炎武,史学の方面では黄宗羲である。彼らは,明王朝の滅亡という事態に直面して,強い実践への関心から,明代の学問の空疎なるを慨(なげ)いて実事求是の学問を追求していった。…

【崑山】より

…水陸交通の中継地であり,水稲,小麦,菜種などの農業もさかん。明末・清初の学者顧炎武の出身地でもある。県城の北西の平地にひとりそびえる山は玉峰山(馬鞍山)という。…

【千字文】より

…南朝梁の武帝が周興嗣(?‐520)に命じ,王羲之の書の中から1000字を選び,すべて4字1句の重複のない押韻対偶の文に仕立てさせたものという。しかし清の顧炎武の《日知録》によれば,周興嗣の伝をのせる同じ《梁書》の〈蕭子範伝〉には,南平王が蕭子範(486?‐549?)に千字文をつくらせたが,〈其の辞甚だ美,記室蔡遠に命じこれに注釈せしむ〉とあり,さらに《旧唐書》経籍志には〈千字文一巻蕭子範,又一巻周興嗣撰〉という。顧炎武はさらに《旧唐書》に先立つ《隋書》経籍志に〈千字文一巻梁給事郎周興嗣撰,千字文一巻梁国子祭酒蕭子雲注〉とあるのを引き,《梁書》に蕭子範が作って蔡遠が注釈を加えたというのと異なることを注意している。…

【天下郡国利病書】より

…中国,清初,顧炎武(こえんぶ)が編纂した地理,経世の書。明代の地方志を中心に,秦議類などから,天下の政治,経済の得失に関係する材料を抽出し,地域別に分類配列する。…

【文字学】より

…なかでも著しい成果をあげたのは古音の研究である。まず顧炎武が《音学五書》を著して,古音を10部に分けた。つづいて江永が《古韻標準》を著し,13部とし,段玉裁が《六書音韻表》で17部に分け,戴震は《声類表》を著し,9類25部とした。…

※「顧炎武」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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