日本大百科全書(ニッポニカ) 「カキ(牡蠣)」の意味・わかりやすい解説
カキ(牡蠣)
かき / 牡蠣
oyster 英語
huître フランス語
Auster ドイツ語
軟体動物門二枚貝綱イタボガキ科に属する二枚貝の総称。カキ類は左殻で岩などに付着し、右殻はやや小さく膨らみも弱く、あたかも蓋(ふた)のようである。両殻片のかみ合せには明らかな鉸歯(こうし)がなく、黒い靭帯(じんたい)で結ばれている。左殻の殻頂から靭帯にかけて溝が走る。殻表は成長脈が薄片状に発達し、放射肋(ろく)や棘(とげ)状突起が生じる。殻の内側は白い種が多いが、紫色や黄褐色を帯びる種もある。軟体部は中央に貝柱(閉殻筋)が一つある。
カキのなかにはマガキなど卵生種とイタボガキなど胎生種がある。卵生種は各個体の雌雄性が明らかで、雄から雌、さらにまた雄という性転換をする交替性の雌雄同体である。胎生種は生殖腺(せん)に卵子と精子の両方できるが、雌性に偏った個体と雄性の強い個体がある。一般に環境が不向きで成長の悪い個体や、産卵後消耗の激しいときは雄性が強くなる。肉眼的には卵巣と精巣の区別はつきにくい。産卵は、日本のマガキでは水温の高い夏を中心に行われ、水温15~30℃の範囲であるが、受精卵が孵化(ふか)してD字状の浮遊幼生になれるのは21~26℃の範囲である。受精後およそ3週間でスパットとよばれる沈着幼生となり他物に付着する。殻は1年で7センチメートル、重量60グラムぐらい、2年で10センチメートル、140グラムぐらいになる。
種類によってすみ場所が異なり、マガキは内湾奥の塩分18~23の潮間帯の岩に付着しているが、外洋性のケガキやオハグロガキなどは塩分26~34の外洋水の影響のある岩礁にすむ。食餌(しょくじ)は珪藻(けいそう)のようなプランクトンで、外套膜(がいとうまく)の後方はハマグリ類などのように水管にはなっていないが、外套膜の一部が接着してつくられる入水孔から呼吸水とともに取り入れ、えらで濾(こ)し取る。えらを通過する海水の量は、1日平均で1時間につき0.4~1リットルという資料がある。摂餌量が消費エネルギーを上回ったときはグリコーゲンとして蓄えられる。
[奥谷喬司]
有用種
日本のみならず、ヨーロッパやアメリカでもカキ類は「海のミルク」とよばれて食用にされ、重要な種は養殖されている。
(1)マガキCrassostrea gigas 卵生種で、樺太(からふと)(サハリン)から日本全土、朝鮮半島、沿海州、中国沿岸に分布する。日本ではもっとも普通に養殖され、宮城県、広島県などが主産地で、アメリカにも種ガキが輸出されている。シカメ、ナガガキ、エゾガキなどは本種の生態型に与えられた名である。とくにナガガキは北海道の厚岸(あっけし)湖やサロマ湖に産し、殻長8センチメートル、殻高35センチメートルにもなる長大型で、殻も厚く甚だ重い。
(2)スミノエガキC. ariakensis 有明(ありあけ)海を中心に華北などの内湾潮間帯にすむ。殻長9センチメートル、殻高16センチメートルぐらいになり、大形の個体は24センチメートルにもなる。マガキに比べて殻は平低で、成長肋が檜皮葺(ひわだぶ)き状になり、紫褐色である。食用としておもに有明海方面で養殖される。熊本県地方などで生産されるのは主として本種である。和名は主産地の佐賀県の住ノ江(六角川の河口部)にちなむ。ヒラガキ、サラガキの別名がある。卵生種。
(3)イタボガキOstrea denselamellosa 本州以南の日本各地から中国沿岸に分布し、マガキよりいくらか塩分の高い場所の低潮線から10メートルぐらいの深さにすみ、地物にもつくが互いにくっつきあって団塊状になる。殻は円板状で、殻表は檜皮葺状の殻皮で覆われる。内面は白い。胎生種。内湾の桁網(けたあみ)でとられる。第二次世界大戦前、養殖が試みられたが、採苗が困難なため実用とならなかった。
(4)イワガキC. nippona 陸奥(むつ)湾以南の外洋で潮間帯下の岩礁に固着している。大形なのでクツガキ、また、他のカキ類の旬(しゅん)が寒い時期なのに反して夏季に美味なのでナツガキの異名もある。卵生種。
(5)アメリカガキ(バージニアガキ)C. virginica 北アメリカ大西洋岸原産種。卵生種。
(6)オリンピアガキO. lurida 北アメリカ大西洋岸原産種。胎生種。
(7)ヨーロッパガキ(ヨーロッパヒラガキ)O. edulisヨーロッパ沿岸産。フランス南西部のアルカションなどで大規模に養殖され、フランスガキともよばれる。胎生種。
(8)ポルトガルガキC. angulata 南ヨーロッパの食用種。卵生種。
(9)オーストラリアガキSaxostrea commercialis オーストラリア東岸産。日本のケガキS. kegakiやオハグロガキS. mordaxに近い卵生種。
(10)ボンベイガキ(カンムリガキ)S. cucullata インド沿岸産。前種に近い。卵生種。
[奥谷喬司]
養殖
簡単な養殖は古くから中国(宋(そう)の時代)で行われ、ローマ時代にはナポリで地蒔式養殖(じまきしきようしょく)が行われていた記録がある。日本では、江戸初期の1670年(寛文10)ごろ安芸(あき)国草津(広島市西区)で、海中に建てたひびに付着したマガキからヒントを得て、小林五郎左衛門が養殖を始めたといわれ、1923年(大正12)に妹尾秀実(せのおひでみ)、堀重蔵(じゅうぞう)が筏式垂下養殖法(いかだしきすいかようしょくほう)を考案した。海中を浮遊する幼生が0.4ミリメートルぐらいになり他物に付着するころを見計らい、瓦(かわら)やカキやホタテガイの殻を連ねた付着器(コレクター)を海中に入れ稚貝を付着させる。付着稚貝は4~5日たつとゴマ粒のような種ガキ(スパット)になる。筏式垂下養殖は、筏が潮の干満とともに上下するためカキはつねに水中にあり、餌(えさ)をとる時間が長く成長がよい。春にスパットのついた付着器(カキの成長にあわせてホタテガイの貝殻などの間隔をあける)を海に入れると、冬季には販売可能な大きさまで成長する。種ガキの主産地は宮城県で、生産地は三陸各地や広島県、有明海などである。種ガキは北アメリカへも輸出される。マガキの場合も、ヨーロッパやアメリカの食用ガキと同様冬季がもっとも肥えていて美味で、それらの国々でよくいわれるように「Rのつかない月」(5~8月)はやせているばかりでなく、気温が高くいたみやすいので生食(なましょく)用には向かない。生食用には清潔な環境で養殖された生きのよいものがよく、市場でも生食用(酢ガキ、生ガキ用)と加熱用(フライ、土手鍋(なべ)用など)と区別されている。カキは自分の体内に入った不要物を排出する自浄作用をもつ。この作用を利用し、殺菌した海水の流水中に一昼夜程度飼って体内にあった大腸菌やその他の有毒微生物を排出させたものが「無菌ガキ」という商品名で市場に出されている。
[奥谷喬司]
栄養
無機質ではとくに鉄分や亜鉛が多く、ビタミンAもやや多く、栄養的に優れた食品である。甘味があっておいしいが、これはグリコーゲンによるものである。コレステロールはやや多いが、食べすぎなければ心配するほどの量ではない。
[河野友美・大滝 緑]
料理
冬が甘味が増しておいしい。Rのつく月がよいとされるのも、この点も含まれていると思われる。鮮度が落ちやすいから新鮮なものを選ぶ必要があるが、新しいものは、貝柱の部分が半透明で、古くなるとこの部分が白濁する。貝(軟体部)全体も新しい間はこんもりとしているが、古くなるとだらりとして白っぽくなってくる。さらに鮮度が落ちると黄色みを帯びてくる。生食にするものは、かならず生食用と表示されているものを用い、期日までに食べ、すこし古くなったものは生食用でも火を通すことが必要である。殻付きのもので、完全に浄化した生食用のものもある。冷凍の生食用もある。カキの味は香りにあり、料理にはなるべく鮮度のよいものを用いる。むき身は、だいこんおろしに同量の水を加えたものの中で混ぜたのち、ざるにあけ、塩水で2~3回振り洗いするとぬめりや貝殻がきれいに落ちる。生食ではオイスターカクテルや酢ガキにする。カクテルは、氷でよく冷やした生ガキに、トマトケチャップ、レモン汁、おろしホースラディッシュ、塩、こしょう、白ワイン、タバスコなどをあわせたカクテルソースをかける。酢ガキは二杯酢やポンス(ぽん酢)を用いる。加熱調理では、フライ、コキール、土手鍋(なべ)、ベーコン焼き、汁物など幅広く使用できる。土手鍋は、鍋の周囲にみそを塗り付け、中にだしとカキ、ネギ、焼き豆腐、糸こんにゃくなどを入れ、まわりのみそを少しずつ溶かして煮ながら食べる。
[河野友美・大滝 緑]