分子科学(読み)ぶんしかがく(英語表記)molecular science

改訂新版 世界大百科事典 「分子科学」の意味・わかりやすい解説

分子科学 (ぶんしかがく)
molecular science

反応研究の学問としての化学と物性研究の学問としての物理学が分子概念を共通にして近接した学際領域。物質の機能の根源を分子に求め,分子や分子集団の構造や諸性質を電子論的立場で研究する分野は分子科学と呼ぶにふさわしい。分子科学は化学,物理学はいうまでもなく,さらに天文学,生物学,生理学などの諸分野において行われる分子レベルの研究に対して理論と実験の両面から方法論を提供するものである。

 元来原子の複合体としての分子という概念は19世紀の初めに化学の分野で生まれたものであり,近代化学は分子概念を基盤としてその改良拡張に伴って発展した。20世紀になって分子の実体が明らかにされ,量子力学に基づいて化学結合本性が解明されるに至り,分子は物質の組成を担う構成単位としてのみでなく機能を生ずる根源とみなされるようになった。分子を構成する原子の幾何学的配置がX線,電子線の回折法により求められるほか,分子全体としての回転,振動などのふるまいが赤外線,マイクロ波などの分光法に基づいて解析され,原子の集団としての実体(分子構造)が明らかにされた。物質の同定にも分子分光法が広く用いられるとともに,不安定・短寿命の化学種をも認知する道を開いた。

 分子の諸性質は分子構造とともに,これを構成する原子間の電子のふるまいに帰せられる。量子力学の原理に基づき分子内電子のエネルギー状態(電子構造)はそれぞれの分子によって決まり,分子の個性を決める重要な因子である。分子の機能もまた電子構造から知ることができる。電子構造の研究にはいろいろの実験手段が用いられるが,基本的には可視・紫外の光吸収,蛍光やリン光など電子スペクトルの解析であって,その背景となる理論として分子軌道法が開発され,それに基づいて分子の反応性や反応の電子的過程を解明する道が開かれた。電荷移動理論やフロンティア電子理論はその例である。電荷移動相互作用に基づいて分子間に錯体が形成され,新しい性質が発現することが見いだされ,分子集団系の物性研究を促すとともに,有機半導体超伝導体の開発に例をみるように,分子設計による新機能開発の道を開いた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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