蛍光性色素(読み)けいこうせいしきそ(その他表記)fluorescent dyes

日本大百科全書(ニッポニカ) 「蛍光性色素」の意味・わかりやすい解説

蛍光性色素
けいこうせいしきそ
fluorescent dyes

蛍光を発する色素蛍光色素ともいう。ルミネセンス(物質が種々の刺激により高いエネルギー状態に遷移し、そこから光を放出する現象)の一種。ルミネセンスには、蛍光とリン光が含まれるが、無機蛍光体の場合、これらのスペクトルが同一となる場合が多いため、蛍光とルミネセンスを同じ意味で取り扱う場合もある。蛍光性色素は、蛍光体として蛍光灯やブラウン管蛍光染料蛍光顔料(がんりょう)として蛍光増白染料蛍光塗料、蛍光マーカーペン(文具)、蛍光指示薬など、幅広く用いられてきた。蛍光性色素の応用分野は、エレクトロニクスレーザー分光の発展とともに、有機エレクトロルミネセンス有機EL)、色素レーザー、蛍光プローブ、癌(がん)の治療、レーザー療法、プラズマディスプレー・パネル(PDP)など、著しい展開をみせている。

 有機化合物の場合、分子のもっとも安定な電子状態(基底状態)は、多くの場合、一重項(電子のスピンがすべて反平行な対(つい)をなしている配置)である。これをS0と表す。分子が光を吸収すると、電子が高いエネルギーに移って(遷移して)、一重項の励起状態S1となる。S0もS1も、それぞれ、振動準位v=0、1、2、……またはv'=0、1、2、……をもつ。基底状態S0と励起状態S1とは、分子内の原子の配置が異なるため(において、r1r2)、S0v=0からの遷移の確率が高いのは、かならずしもS1v'=0ではなく、たとえばS1v'=2というより高いエネルギー準位となる。励起された分子は不安定で、そのエネルギーを、以下に大別したような形で消費する。

(1)光として放出する(蛍光やリン光)、
(2)熱として放出する(内部変換という)、
(3)化学反応(光合成光重合、光分解などの光化学反応)、
(4)光電効果(光起電力、光伝導および電子の放出)。

 励起状態S1の高い振動準位(v=1、2、3、……)にある分子は、まず、内部変換により速やかにS1v'=0の準位に落ち着く。蛍光というのは、このS1v'=0から、同じ多重度の、たとえばS0v=2に電子が遷移するときの発光をいう。S1v'=0はS1v'=2よりエネルギーが低く、S0v=2はS0v=0よりエネルギーが高いため、発光(蛍光)(S1v'=0→S0v=2)のエネルギー差は光の吸収(S0v=0→S1v'=2)のエネルギー差よりも小さいのが普通である。すなわち、発光スペクトルの極大波長は、吸収スペクトルの極大波長よりも長波長側に現れる。この差をストークス・シフトという。励起状態をつくるために分子に吸収された光の量(光子の数)に対して、蛍光として何個の光子が放出されるかの比率を、蛍光の量子収率(量子収量)という。蛍光性色素を機能材料として利用するには、蛍光の量子収率が重要である場合が多い。蛍光の量子収率が大きい色素の例をに示す。機能性色素としてもっとも多彩な応用展開をみせている銅フタロシアニンはほとんど蛍光を示さないが、マグネシウムフタロシアニンは蛍光量子収率の値が大きい。また、ストークス・シフトが小さく、ピリジン中で4ナノメートル、プロピルアルコール中で3ナノメートルである。ストークス・シフトが小さい分子は、鮮やかな(彩度の高い)色調を呈し、蛍光の色調も鮮やかである場合が多い。これは、吸収や発光のスペクトル幅が狭いことに起因している。

[時田澄男]

『井上晴夫著「蛍光色素」(有機合成化学協会カラーケミカル事典編集委員会編『カラーケミカル事典』所収・1988・シーエムシー出版)』『井上晴夫著「蛍光色素」(光と化学の事典編集委員会編『光と化学の事典』所収・2002・丸善出版)』『杉森彰・時田澄男著『光化学――光反応から光機能性まで』(2012・裳華房)』


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