改訂新版 世界大百科事典 「アリーガル運動」の意味・わかりやすい解説
アリーガル運動 (アリーガルうんどう)
19世紀末以降,北インドのアリーガル大学およびその卒業生を中心として起こったムスリムの文化教育運動。その始まりは,1875年のサイイド・アフマド・ハーンによるムハマダン・アングロ・オリエンタル・カレッジ(1920年にアリーガル・ムスリム大学Muslim University of Alīgarhに昇格)の設立である。初期には学生はおもにムスリム上流出身者で占められていたが,しだいに北インドのムスリム中間層の子弟も入学するようになり,20世紀にはインド人ムスリムを指導する多くの知識人や政治家が輩出している。1905年のベンガル分割令反対運動では,アリーガル大学が中心となって独自の政党結成を試み,また第1次世界大戦後のヒラーファト運動の際にもアリーガル大学は指導的立場をとった。アリーガル運動は初期には英語教育を主とした上層ムスリム中心であったが,他の階層にまで運動が浸透するにつれ,北インドのウルドゥー語地域にも運動が広まり,その中から近代ウルドゥー文学が成長した。
執筆者:小名 康之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報