日本大百科全書(ニッポニカ) 「イノシトール」の意味・わかりやすい解説
イノシトール
いのしとーる
inositol
シクロヘキサン(C6H12)の水素6個がヒドロキシ基(-OH)6個と置換した構造をもつ化合物の総称。イノシットinosit、シクロヘキシトールcyclohexitol、筋肉糖meat sugar、ビオスⅠ biosⅠともいう。組成式はC6H12O6、分子量は180.16。ヒドロキシ基の相対的配置によって、理論的に9種の立体異性体が存在するが、天然にはミオ-イノシトールmyo-inositol( 参照)、D-イノシトール、L-イノシトール、ムコ-イノシトールmuco-inositol、シロ-イノシトールscyllo-inositolの5種がみいだされている。
もっとも広く分布しているのはミオ-イノシトール(myo-は筋を意味する。筋肉から分離されたのでこの名がある)で、単にイノシトールまたはメソ-イノシトールmeso-inositol(mesoは中間を意味する。光学不活性なのでこの名がある)ともよばれる。天然に遊離状態または結合型として広く存在する。グリセロリン脂質(グリセロールを基本骨格とするリン脂質の総称。フォスフォリパーゼの項目参照)の一種であるフォスファチジルイノシトールはグリセロールと脂肪酸とリン酸とイノシトールからなる。微生物、動物、植物に広く分布している。サトウダイコン(ビート)の根に存在するガラクチノールはガラクトースとイノシトールからなる。穀類の種子に多量に存在するフィチンはフィチン酸(イノシトールの6個のヒドロキシ基にそれぞれリン酸がエステル結合したもの)のカルシウム、マグネシウムの混合塩である。
ミオ-イノシトールは細胞内でグルコース6-リン酸から生合成される。動物および一部の微生物体内でのイノシトール合成能には限界があり、欠乏により発育不良、脱毛(ラット)、脂肪肝(ラット)などがみられる。そのため成長因子としてビタミンに分類されることもある。甘味があり、水に可溶、融点は225~227℃、光学不活性(『メルクインデックス 13版』The Merck Index, 13th Edition)。イノシトール1,4,5-トリスリン酸(IP3と略記。イノシトールのヒドロキシ基3個にリン酸がエステル結合したもの)は細胞内での情報伝達物質(セカンドメッセンジャー)として働いている。
[徳久幸子]
『宇野功他編『情報伝達とイノシトールリン脂質』(『実験医学』臨時増刊号・1989・羊土社)』▽『竹縄忠臣編『情報伝達研究の新しい展開』(1993・羊土社)』▽『川嵜敏祐・井上圭三・日本生化学会編『糖と脂質の生物学』(2001・共立出版)』