ウォラー(その他表記)Edmund Waller

改訂新版 世界大百科事典 「ウォラー」の意味・わかりやすい解説

ウォラー
Edmund Waller
生没年:1606-87

イギリスの政治家,詩人。いわゆる王党派詩人の一代表。サカリサSacharissaなる甘美な名前(仮名)の女性にあてた,流麗な恋愛詩で名を馳せたが,ピューリタン革命期間中は国王陣営で暗躍。1643年〈ウォラーの陰謀〉と呼ばれるロンドン奪取計画を立てたが,これに失敗し,逮捕後に同志を売って,悪名を高くした。数年間の国外追放ののち,51年とくに許されて帰国するや,O.クロムウェルにおもねる詩を書いて保身につとめ,しかも王政復古(1660)後はただちに新国王におもねる詩を書くなど,変節漢代名詞のような行動があった。しかしイギリスが海洋国家として急成長する,その方向に沿って各時代の指導者をたたえるという線では首尾一貫していて,先見の明とみなされてもよい側面もある。流暢な英雄対韻句をあやつったなめらかな措辞によって,王政復古期の英詩に一時代を画した功績も無視できない。作品には《詩集Poems》(1645,90)などがある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ウォラー」の意味・わかりやすい解説

ウォラー
Waller, Edmund

[生]1606.3.3. コールズヒル
[没]1687.10.21. ビーコンズフィールド
イギリスの詩人,政治家。早くから下院議員になったが 1643年国王チャールズ1世のためのロンドン占拠計画に連座し,国外追放の刑を受けた。1652年政敵オリバー・クロムウェルと和解して帰英。王政復古後は国王の寵を回復,再び下院議員となった。1625年頃の『難船を逃れた皇太子』His Majesty's Escape at St.Andereで英雄詩体二行連句(→ヒロイック・カプレット)を用い,以後 20年間この詩型が広く用いられる端緒を開いた。『護国卿賛歌』Panegyric to My Lord Protector,『国王に寄す,めでたいご帰国に際して』To the King,Upon His Majesty's Happy Returnなどが有名。

ウォラー
Waller, Augustus Volney

[生]1816.12.21. ファーバーシャム
[没]1870.9.18. ジュネーブ
イギリスの生理学者。 1840年パリ大学を卒業神経細胞は神経機能の中心であるだけではなく,栄養の中心であり,神経細胞から伸びる神経線維が切断されると,細胞と連絡を断たれた切断部より末梢の部分は変性に陥り,ついには消失することをカエルの舌咽および舌下神経を切断する実験で証明した。これをウォラーの法則またはウォラー変性と呼んでいる。この神経線維の変性の方向を見ることによって,伝導路の向きを知ることができる。

ウォラー
Waller, Sir William

[生]1597
[没]1668.9.19. ロンドン
イギリス,清教徒革命期の軍人,将軍。三十年戦争初期にドイツで従軍。 1640年長期議会議員に選ばれ,清教徒革命勃発とともに南部イギリスの議会軍指揮官となる。 45年以後軍職を離れ,議会で長老派の指導者として独立派に対立し,数度投獄された。

ウォラー
Waller, Augustus Désiré

[生]1856.7.12. パリ
[没]1922.3.11.
イギリスの電気生理学者。胸壁を開くことなく,電極を体表に装着するだけで,心臓の拍動で生じる活動電流を測定できることを示し (1887頃) ,現在,臨床で用いられている心電図の端緒を開いた。父 A.V.ウォラーも生理学者。

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