通常,ひとしきり世間にとりざたされる話,すなわち,うわさ話や巷談の類をいう。ただし,民俗学や口承文芸の分野では学術用語としてこれを用いる。単なる話として見過ごすのではなく,話の発生とその基盤ならびにそこでのありように独自の文芸性と価値観を見いだそうとするからである。しかし〈世間話〉という語自体は歴史的にみても古くはない。〈世間〉という言葉そのものが比較的新しい成立である。早くから用いられていたのは〈世〉もしくは〈世の中〉である。〈世の中〉には〈世間〉と同時に〈男女の仲〉の意があった。したがって,元来は男女の仲そのものがもっとも狭義の〈世間〉であったと考えてよい。この概念が漸次拡大していったのが,今日いうところの〈世間〉つまり〈社会〉であろう。古く《更級日記》に主人公の奇異な行動を評して〈流れての物語ともなりぬべきことなり〉という一節がある。おそらくこれは〈後々までの世の語り種(ぐさ),あるいは話の種になる〉といった意味かと解される。世間話の原質はここにいう〈流れての物語〉であったと認められる。それからして,〈世間話〉はもともと一時期,世の中にとりざたされる話,いうなれば集中して人々の興味と関心を呼びながら,やがては消えていく話。結局は〈うわさ話〉ということになろう。
しかるにこのとき,いったい何が〈話の種〉になるのか。そして,何が人々の注意と関心を積極的に集めうるのか。これを改めて具体的な問題に据えるに及んで,〈世間話〉は次に,民俗学もしくは口承文芸の対象に浮かび上がってくる。すなわち,そのときどきに不特定多数の人々の興味や注目を集めるのには,そこには当然,なんらかの選択が働いており,また,いくつかの条件を満たしてはじめてそれは,著しく人々の耳目を引くようになるからである。それからして,現象的にはまず,衝撃的,刺激的な事件や行為,怪異,不可思議なできごと,奇異,珍談といったことが取り上げられる。しかもそれらは,たとえささいな話題であろうとも身近に惹起した事件の方がすばやくとりざたされる。たとえば,外国に起こった大地震や大水害よりは,隣家の主人が犬に食いついた例の方が世間話としてはより有効である。中身,内容の大小,軽重よりは卑近な事例がすべてに優先する。ここに〈世間話〉の特性が認められる。〈世間話〉はつねに話題を選んでいるということであろうか。
しかし,このような場合にも〈世間話〉にはおよそ一つの条件と話柄,いうなれば話の〈核〉といったものが存するようである。いま〈隣家の主人が犬に食いついた〉と記した。しかしその逆ではまったく話にならない。すなわち内容的には意外性ということが重要な話の〈核〉であろうが,一方で〈世間話〉はしばしば共通の形式,もしくは条件を整えているようである。たとえば,これを〈幽霊話〉についていえば,その出現の季節はほとんど夏を選び,時刻は深更,場所は柳の木の下,主人公は黒髪豊かな若い女性で,それも美人に限った。現世に恨みを残したがために成仏できない。足がないにもかかわらず,彼女はしきりに乗物を利用する。すなわち,江戸時代の幽霊は好んで駕籠に乗り,明治以後は円タクやタクシーを用い,さらには電車内に出没した。以上の現象はことごとく条件を逆にした場合,幽霊話としてはほとんど成立しがたい。時代を超えて幽霊の〈世間話〉には基本的に共通の形式と条件が存すると認める理由がそこにある。
ところで,これとは別に特定の地域ごとに,かつてその土地に実在したと伝えられる人物について述べられる例があった。女の大力や驚くべき脚力の持主であった怪盗,名代の怠け者,人の意表に出ては思いがけない奇行の数々を残した人物,狡猾者,頓智頓才の小男,ほら吹き等々,今にしていえば,こうした人々にはいったいにアウトローとしての性格が著しいようである。過去の平穏な村内にあってはいずれも特異な話題の持主であった。これらが語り継がれて,一つの話群を生成,形成している。土着の〈世間話〉とでも称せようか。それとともに,土地によっては新しい事物との遭遇,邂逅によって生じた〈笑い話〉もしばしば〈世間話〉としてとりざたされていた。電灯にはじめて接した村人が,これを吹き消そうとして汗を流したり,セッケンを知らずに食べて口から泡を吹いたり,電柱に登って頼信紙を結び付けた,といった類の話は文化の落差から広くに生じた一群の〈世間話〉であった。このほか,汽車に化けそこなったタヌキが線路上に死んでいたとする話柄などは,新旧の素材が交差した例としておもしろい。以上のような話種はなべて文芸性が濃厚で,今後なお伝えられていくものか,それとも他の〈うわさ話〉同様にやがては消滅してしまうものか,世間話そのものの命運を知るうえにかっこうの材料ともいえよう。
執筆者:野村 純一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
説話の形態の一種。日常的な談話のなかで話題に供する噂(うわさ)話のたぐいをさす。直接の体験や事実を語ろうとするのではなく、「――であるということだ」「――だそうな」といった伝聞の形をとるのが普通である。マス・コミュニケーションのような情報伝達の媒体が発達する以前は、人と人との接触が情報を得る方法の基本形態で、日本の伝統的な社会では、人が集まると、なにかと世間の話題に花を咲かせることが多かった。世間話は、いわば、そうした時代のニュース・ストーリーである。その場で消えてゆくニュース性の強い話題もあるが、興味をひく話題は、むしろ文芸として類型化したものが多く、そこに説話としての世間話の意義がある。昔話が事実譚(たん)のように語られることも多い。「笑い話」も、固有名詞を伴って、世間話化しやすい。おろか村やおどけ者の話はその例である。怪異譚も「化け物話」や「動物報恩譚」などが固有名詞と結び付いてよく話題にのぼる。「継子(ままこ)話」も、その素材の現実性から世間話になり、よその土地で事実あったことのように伝えられることもある。
近代的都市的社会でも、世間話は生命力を維持している。電信線に荷物をぶら下げて送ろうとした「電信線にブーツ」や、狐(きつね)や狸(たぬき)が汽車に化けて線路を走った「幻の汽車」なども、日本の各地で語られているだけではなく、アメリカ合衆国やヨーロッパなどにもある。自動車に乗せた女の人が幽霊であったという「幽霊タクシー」は、1935年(昭和10)前後から、アメリカ合衆国、日本、それにその関連地域で、繰り返し新しいできごととして話題になってきた。近代機械文明の花形も、笑い話や怪異譚に取り込まれ、世間話の素材になっている。現代では、1979年ごろ広まった「口さけ女」のように、噂話がマス・コミュニケーションとも結び付いて、世間話として大流行するような現象もおこっている。情報化社会は、世間話の伝播(でんぱ)力を増大しているともいえる。
[小島瓔]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…女たちが世間話に興じ続けて時間の経過も忘れるさまを男が皮肉まじりに評した言葉。転じて,とりとめのない長談義をいう。…
※「世間話」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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