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えた えた

大辞林 第三版の解説

えた

〔差別意識から「穢多」の字を当てた〕
中世以降、賤民せんみん視された一階層。特に江戸時代、幕藩体制の民衆支配の一環として、非人とともに最下層に位置づけられた人々。身分上四民の外に置かれ、皮革の製造、死んだ牛馬の処理、罪人の処刑・見張りなど末端の警察業務に従事させられ、城下はずれなどの特定の地域に居住させられた。1871年(明治4)、法制上は「穢多」「非人」の称が廃止されたが、新たに新平民という呼称をもって呼ばれ、現在に至るも不当な差別は存続する。 → 部落解放運動非人

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百科事典マイペディアの解説

えた

近世幕藩体制の身分制度において賤民身分として位置づけられた人々に対する差別的身分呼称の一つ。漢字では〈穢多〉と表記し,鎌倉時代からみられるが,公式に用いたのは江戸幕府・諸藩で,身分統制策の強化によって17世紀後半から18世紀にかけて全国的にこの蔑称が普及した。1871年明治政府は〈太政官布告(解放令)〉を発して近世の賤民制度と〈穢多〉〈非人〉の称を廃止したが,賤視と差別が解消されたわけではなく,とくに〈えた〉ということばは被差別部落出身者に対する蔑称としていまなお使われ,差別の温存,助長に大きな役割を果たしている。
→関連項目新平民賤民弾左衛門被差別部落部落解放運動身分制度

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世界大百科事典 第2版の解説

えた

江戸時代の身分制度において賤民身分として位置づけられた人々に対する身分呼称の一種であり,幕府の身分統制策の強化によって17世紀後半から18世紀にかけて全国にわたり統一的に普及した蔑称である。1871年(明治4)8月28日,明治新政府は〈太政官布告〉を発して,〈非人(ひにん)〉の呼称とともにこの呼称も廃止した。しかし,被差別部落への根強い偏見,きびしい差別は残存しつづけたために,現代にいたるもなお被差別部落の出身者に対する蔑称として脈々たる生命を保ち,差別の温存・助長に重要な役割をになっている。

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世界大百科事典内のえたの言及

【被差別部落】より

…部落差別は,確かに明治維新以降の近代化による政治・経済・社会のひずみとも密接な関係にあるとはいえ,江戸時代における武士・百姓・町人・賤民の身分格差のなかで最底辺におかれていた賤民身分の人々に対する格別の差別意識に深い根を下ろしており,その意識が,社会的偏見に凝縮されて,交際,婚姻等々の面での苛酷な差別を,現代にいたるまで存続させてきていると考えられるからである。 江戸時代における被差別部落の中核部分をなしたのは〈えた〉であったが,その名で呼ばれる人々の存在は,いちはやく中世,鎌倉時代末期の文献で〈穢多〉という漢字表記とともに確認される。江戸幕府としては,全国的支配体制の維持のためには統一的な身分制度が不可欠であり,兵農分離・太閤検地・戸口調査・〈かわた〉身分(後述)の確定等々をはじめとする豊臣政権の実績を基礎におきながら,いっそう徹底した形での身分制度の実現をめざした。…

※「えた」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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