日本大百科全書(ニッポニカ) 「エックハルト」の意味・わかりやすい解説
エックハルト
えっくはると
Meister Johannes Eckhart
(1260ころ―1327/1328)
中世ドイツの神秘主義思想家。中部ドイツに生まれ、ドミニコ会に入ってケルン、パリなどに学ぶ。のちザクセン地区管区長(1303)、ボヘミア地方副司教(1307)など会の要職にあって、その管轄下の尼僧院の霊的指導をゆだねられていたと考えられる。またパリ、ケルンの大学でも教えた。同じドミニコ会の先駆者アルベルトゥス・マグヌスに続くスコラ学者であるとともに、説教者としても大きな感化を及ぼしたのは、こうした多面的な活動による。ドイツ語による説教、論説は多くの写本として流布し、ラテン語の著作とともに、その思想を知る重要な資料をなしている。晩年、なんらかの理由からケルンの大司教による告発を受け、1329年、その著作からとられた28の命題が、教皇ヨハネス22世の教書で異端的と宣告された。しかしその思想は弟子タウラーやゾイゼHeinrich Seuse(1295?―1366)らに継承され、中世から近世へかけて、多くの神秘主義思想の源流となった。
総じて彼の神秘主義は、キリストとの愛の合一を説く情感的なものではなく、知的、思弁的な色彩が強い。その中心をなすのは「魂の根底」または「魂の火花」の概念である。人が純粋に神を念じ、自己を脱却していくならば、ついには神がつねに心に現前するようになる。これが「魂(の根底)における神(の子)の誕生」であり、神と自己との合一にほかならない。しかもこの神は、伝統的な人格神というよりは、それを超えた「神性」である。このように人格的神をも突破して「神性の無」に到達しようとするところに、エックハルトの背景をなす新プラトン主義的な否定神学の影響をみることができる。さらに、ただ瞑想(めいそう)に沈潜するにとどまらず、神との合一から進んで現実の活動に立ち向かうことが求められる。ここに、一部はその時代の精神とも関連した活動性を認めることができる。
[田丸徳善 2015年1月20日]
『エックハルト著、相原信作訳『神の慰めの書』(1949・筑摩書房/講談社学術文庫)』▽『上田閑照編『ドイツ神秘主義研究』(1982・創文社)』