改訂新版 世界大百科事典 「転身物語」の意味・わかりやすい解説
転身物語 (てんしんものがたり)
Metamorphoses
ローマの恋愛詩人オウィディウスが残した唯一の叙事詩。全15巻。国外追放となった後8年には完成していた。質,量,および後世に与えた影響からみて作者の代表作で,ラテン文学史上の最高傑作の一つといっても過言ではない。《転身譜》《変容譚》《変身物語》とも訳される。宇宙の生成からアウグストゥス帝の治世まで,神話時代(1~11巻)と歴史時代(12~15巻)を背景に,人間が動植物や星座に変容する物語が約250収録されているが,〈すべてのものは変容し,ほろびるものは何一つない〉というテーマによって統一性が与えられている。題材はアレクサンドリアの詩人ニカンドロスにとくに多く負っているが,オウィディウスの才能と弁論術で鍛えた筆力が存分に発揮されており,とくにダフネが月桂樹に,キュパリッソスが糸杉に,またスキュラが鳥に変容する過程の描写は際立っている。比喩,戦闘場面,神々の登場など叙事詩の伝統的構成要素を考慮しながらも恋愛のモティーフや深い心理的洞察等,作者が得意とする恋愛詩的要素を軽妙な筆致で随所に織り込んでいる。都会的に洗練されたユーモアと諧謔(かいぎやく)にも富み,アウグストゥス帝に対する皮肉に至るまで筆はよどみを知らない。作品の非イデオロギー的および非英雄的性格は叙事詩の伝統の中で特異な位置を占める。チョーサー,シェークスピア,ゲーテ等後世の偉大な詩人にとって《転身物語》は愛読書の一つであった。とくにゲーテは,美しい愛の物語の主人公フィレモンとバウキスを《ファウスト》第2部で登場させている。また,ルネサンス以降はいわば〈古代ギリシア・ローマ神話事典〉として利用されるかたわら,多くの画家に題材を豊富に提供した。《転身物語》自体がピカソら著名な画家の挿絵で飾られることもあった。
執筆者:三浦 尤三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報