対位法(読み)タイイホウ(英語表記)counterpoint

翻訳|counterpoint

デジタル大辞泉 「対位法」の意味・読み・例文・類語

たいい‐ほう〔タイヰハフ〕【対位法】

それぞれ独立した旋律を担う声部を、いくつか同時に組み合わせて楽曲を構築する作曲技法。コントラプンクト
建築・文学・映画などで、二つのまったく対照的な様式・発想などを組み合わせて構成する方法。

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精選版 日本国語大辞典 「対位法」の意味・読み・例文・類語

たいい‐ほうタイヰハフ【対位法】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 音楽で、それぞれ独立して進行する二つ以上の旋律を同時に組み合わせて楽曲を構成する作曲技法。
  3. 建築や映画、文学などで音楽の対位法の手法を応用して、二つの対位的な雰囲気の様式、情景、主題、音楽などをわざと組み合わせて作品を構成する手法。

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改訂新版 世界大百科事典 「対位法」の意味・わかりやすい解説

対位法 (たいいほう)
counterpoint

〈点(音符)に対する点(音符)〉を意味するラテン語punctus contra punctumに由来する音楽用語。二つ以上の独立の旋律線を同時に結合する作曲技術を指す。広義の多声現象はヘテロフォニードローン,平行唱という形態で西洋以外の音楽にも広くみられるが,狭義の多声音楽すなわちポリフォニーを体系的に発達させたのは西洋の特色である。対位法はポリフォニーの技法および理論として13世紀以来作曲の基礎をなし,17世紀以後に発達する和声法とともに,今日まで作曲法教程の主要科目とみなされている。

 二つ以上の自立的な旋律(声部)を結合する技法として,対位法は各声部の音楽的な動き,声部間のリズム的分化,垂直的な音程や和音の響き,という三つの問題を考慮し,諸声部の結合が一つの音楽的なまとまりを生むようにはからねばならない。〈音符・対・音符〉という語源が物語るように,対位法は最初,既存の旋律(定旋律)に対して新たな旋律を創出し,定旋律の各音に新旋律(対位声部)の音を1対1の関係で結合することから始まった。この場合に許容された音程は,同度,完全8度,5度,4度の協和音程のみである。やがて定旋律の1音に対して対位旋律の複数の音がつけられ,13世紀になると,〈強拍には協和音を用い,弱拍には不協和音も許される〉という規則が確立された。14世紀にはこれに加えて3度と6度を伴ういっそう豊かな響きと,フランスのシャスchaceやイタリアのカッチャcacciaを中心とするカノン技法への好みが著しくなる。当時はソプラノ(当時の用語ではディスカントゥスdiscantus),テノール,コントラテノールという3声書法が中心だったが,15世紀になるとコントラテノールが〈高いコントラテノールcontratenor altus〉と〈低いコントラテノールcontratenor bassus〉の二つに分化し,こうしてソプラノ,アルト,テノール,バスという基本的な4声部構造が確立した。16世紀には諸声部の均等化が進み,ある声部の主要な楽想を他の声部が模倣する〈模倣対位法imitative counterpoint〉が発達した。この模倣が楽曲を構成するすべての声部間で行われるとき,それを特に〈通模倣(つうもほう)Durchimitation〉という。この手法は16世紀のモテットやミサ曲で多く用いられ,17~18世紀のフーガへと結晶する。教会旋法に基づく〈旋法的対位法modal counterpoint〉は16世紀後半のパレストリーナで頂点に達した。全音階的な順次進行を主体とする各声部の滑らかな動き,協和音の響きを重視して,不協和音の使用を厳しく制限した清澄な響きは,カトリック教会音楽の理想とたたえられた。

 17世紀になると,このようなパレストリーナ様式の対位法が存続する一方で,長調・短調の調性と和声を基盤とする〈調的対位法tonal counterpoint〉が出現する。各声部の動きはもはや純粋に線的な配慮によって規定されるのではなく,楽曲を支える和音と和声進行から制約を受ける。しかしその一方,従来は許されなかったような旋律進行が和音によって正当化され,各声部の動きが多様化したことも事実である。このような調的対位法は18世紀前半のJ.S.バッハによって集大成され,フーガを中心とする彼の対位法的楽曲においては,各声部のきわめて自立的かつ性格的な旋律進行と,豊かで多様な和音を伴う和声進行の相互作用が独特な緊張感を生み,対位法と和声法の比類ない総合が達成された。

 古典派の時代に入ると,たいていは最上声に置かれる主要旋律と,それを伴奏する副次声部や和音というホモフォニーの書法が主流を占め,諸声部の均質性という16世紀以来の対位法の理想は解体する。しかし特にベートーベンの後期弦楽四重奏曲でみられるように,主要旋律やその断片が諸声部に分配されたり,副次声部も主要な主題や動機から導き出されるといった手法は対位法への新たな関心を物語るもので,ロマン派のR.シューマン,ブラームス,R.ワーグナーなどの作品でも,対位法はきわめて重要な役割を果たしている。特に20世紀の十二音音楽は,基本音列の反行,逆行,反行の逆行という対位法的手法を基礎とするものである。

 なお,対位法の特殊な手法に〈転回対位法invertible counterpoint〉と呼ばれるものがある。これは複数の声部を上下に交換しても理論的に成り立つように作曲する高度な技法で,声部の交換が2声部間で行われるものを〈二重対位法double counterpoint〉,3声部間で行われるものを〈三重対位法triple counterpoint〉などと呼ぶ。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「対位法」の意味・わかりやすい解説

対位法
たいいほう
counterpoint 英語
Kontrapunkt ドイツ語
contrepoint フランス語
contrappunto イタリア語

西洋音楽の作曲技法用語。「点対点」すなわち「音符対音符」を意味するpunctus contra punctum(ラテン語)に由来する。単旋律の場合を除けば、音楽は音の垂直的融合を重視するホモフォニーと水平的融合を重視するポリフォニーに大別されるが、前者の技法を和声法、後者の技法を対位法とよぶ。対位法では、二つ以上の旋律が各声部の旋律的独立性を損なうことなく複音楽的に組み合わされる。対位法は、大別して、音の継時的構成である旋律の要素がとくに重視される「線的対位法」linearer Kontrapunkt(ドイツ語)と、各声部が旋律的独立性を保ちながら機能的な和声的法則も尊重される「和声的対位法」harmonischer Kontrapunkt(ドイツ語)の2種に分類されるが、後者もその究極的な対象が音の横のつながりであることに変わりはない。

 9世紀末ごろよりオルガヌムとして芽ばえた対位法の技法は、ノートル・ダム楽派を通じ13世紀にはすでに展開されている。そして14世紀のアルス・ノバの時代には独立的な多声部書法の理論として確立され、16世紀の作曲家パレストリーナ、ラッスス、W・バードなどのモテットやマドリガルやミサ曲に至って、その最盛期を迎える。パレストリーナらを頂点とする対位法はすべて教会旋法を基礎に置く線的対位法である。この種の対位法に関する理論書のなかでもっとも重要なものの一つにフックスJohann Joseph Fux(1660―1741)の著した『グラドゥス・アド・パルナッスム』Gradus ad Parnassumがあり、これはいまなお対位法教程に影響を与えている。

 ルネサンス末期から17世紀にかけて、音楽が徐々に調性感をもち始めると、対位法もまたその影響を受けて、音の縦の連なり(和声法)を考慮に入れるようになる。こうして和声対位法は成立し、J・S・バッハにおいてその頂点が築かれるに至る。バッハがこの新しい形の対位法にいかに精通していたかは、彼のどの作品をみても明らかであるが、とりわけ『フーガの技法』『二声のインベンション』『シンフォニア(三声のインベンション)』『平均律クラビーア曲集』において、その熟達ぶりを知ることができる。この和声対位法に関しては、キルンベルガーJohann Philipp Kirnberger(1721―1783)が理論書を著し、先にあげた線的対位法に関するフックスの理論書と双璧(そうへき)をなしている。18世紀中ごろから19世紀末ごろの間、すなわち機能和声に基づいたホモフォニー全盛のウィーン古典派とロマン派の時代にあっては、対位法はおのずと影を潜めていた。

 しかし19世紀の末ごろ、ふたたびバッハ様式に基づいた対位法の教本が、リヒターErnst Friedrich Eduard Richter(1808―1879)、ヤーダスゾーンSalomon Jadassohn(1831―1902)、リーマンKarl Wilhelm Julius Hugo Riemann(1849―1919)らによって出版された。一方、20世紀に入ると、十二音音楽などに代表されるように調性体系を解体しようとする傾向が現れた結果、機能和声にとらわれない線的対位法が復活した。

 対位法は一般に、定旋律とよばれる主要旋律(多くの場合フレーズの冒頭にある)に対して、対旋律あるいは対位旋律とよばれる新たな声部が加えられた楽曲のことをいう。この対旋律が一つの場合は二声対位法、二つの場合は三声対位法といい、以下八声対位法まである。こうしてつくられる対位法は、フックスの理論書に述べられた条件を厳正に満たす場合「厳正対位法」とよばれ、バッハの作品のようにフックスの規則に従っていなければ「自由対位法」とよばれる。また、声部間の交替が可能な対位法は「二重対位法」あるいは「転回対位法」といい、不可能なものは「単純対位法」という。

[黒坂俊昭]

『下総皖一著『音楽講座 対位法』(1951・音楽之友社)』『石黒脩三著『対位法――解説と課題』(1969・全音楽譜出版社)』

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百科事典マイペディア 「対位法」の意味・わかりやすい解説

対位法【たいいほう】

音楽の作曲技法の一つ。和声法の対。語源は,ある音に対して別の音を対置するという意味で,2つ以上の旋律を組み合わせてポリフォニーをつくる技法をさす。その起源はオルガヌムであり,16−18世紀にはフーガなど各種の複雑な技法が完成した。R.ワーグナーやブラームスなどのロマン派後期の作曲家にとっても重要な作曲技法となり,20世紀に生まれた十二音音楽でも対位法はその土台となった。→ジョスカン・デ・プレ定旋律
→関連項目カノンケルビーニシャルパンティエシャンソントッカータバッハパレストリーナベートーベン変奏曲ミヨーモテットリチェルカーレレーガー和声

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「対位法」の意味・わかりやすい解説

対位法
たいいほう
counterpoint

音楽用語。「点 (音符) 対点 (音符) 」を意味するラテン語の punctus contra punctumに由来する語で,一定の旋律 (定旋律) に対して他の旋律を結びつける手法をいう。2声の単純対位法から,模倣や転回の技法を含む3声あるいは4声以上の複雑な対位法まであり,カノンやフーガなどの作曲形式の母体をなすものである。歴史的には9~12世紀のオルガヌムに初期の形態がみられるが,15~16世紀に声楽ポリフォニーの完成に伴って教会旋法に基づく古典対位法が確立され,ジョスカン,ラッスス,パレストリーナらが模範的な作品を残した。 17世紀から 18世紀にかけては,長短両調に基づく和声的対位法が起り,バッハによって頂点が築かれた。その後単声楽が音楽の主流を占めるが,作曲技法としての対位法の役割は失われず,特に 20世紀に入って 12音音楽の誕生とともに,再び大切な技法の一つとされるようになった。

対位法
たいいほう
Point Counter Point

イギリスの作家 A.L.ハクスリーの小説。 1928年刊。『恋愛対位法』という訳名もある。第1次世界大戦後のロンドンの知識人と上流社会を風刺的に描く。文学,絵画,音楽,そして政治への言及が多くみられ,背後には広い科学的知識がある。物語は入組んでいて多数の人物が登場し,彼らをめぐる愛欲や葛藤を音楽の対位法になぞらえて,バリエーションを積重ねる手法で描く。

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音楽用語ダス 「対位法」の解説

対位法

2つ以上の声部の旋律を、それぞれの声部が対等に独立性を持つように作曲する技法。つまり、それぞれのパートは、メロディーと和音という構造ではなく、独立した旋律を持つ。対位法の構造に基づいた形式には、カノンやフーガがある。

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世界大百科事典(旧版)内の対位法の言及

【音楽】より

…第3の特徴は,音楽のさまざまな側面で行われた合理化の追求である。音楽の理論化は西洋に限らず他の高度文化にも認められるが,西洋音楽では理論と実践が常に補完的関係にあって,教会旋法や調性といった音組織,定量記譜法や拍節リズムといった時間組織,対位法や和声法といった作曲法において,理論的にも実践的にも精緻かつ整合的な体系を作りあげた。音楽という,ある意味では最も非合理的な芸術が,むしろその非合理的な性格ゆえに,他の諸芸術には見られないほどの合理化を推し進めたのである。…

【ポリフォニー】より

…西洋以外の音楽でもポリフォニー的なものは存在するが,むしろヘテロフォニーというべきものが多い。ポリフォニーはその発展が対位法の歴史と重なるところから,対位法と同義的に扱われることが多いが,厳密には対位法はポリフォニーにおけるある特定の技法を指す。 ヨーロッパではポリフォニーの歴史は宗教的声楽曲とともに始まる。…

※「対位法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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