カリキュラムの理念(読み)カリキュラムのりねん(英語表記)ideal of curriculum

大学事典 「カリキュラムの理念」の解説

カリキュラムの理念
カリキュラムのりねん
ideal of curriculum

カリキュラムの理念は,時代や社会の特殊性や限定性を超越した普遍性恒常性を意味する。しかし同時に,それが時代や社会の各種要因によって規定されていることは否めない。たとえば大学教育の目的・目標,学生の学修力,教員の教育力などと密接に関係し,それらの影響を受けて理念が変化することは否めないであろう。

[大学教育の理念と目的・目標]

時代や社会によって変化する大学教育の目的・目標は,カリキュラムの理念との関係が深い。目的が変化すれば理念が変化するのは回避できないからである。理念が目的を規定する演繹的な側面と,目的が理念を規定する帰納的な側面がある。一般に大学が社会の影響を受けて変化するのは後者の事例である。大学の社会的条件は農業社会,工業社会,知識社会によって異なるから,順次,中世大学,近代大学,現代大学,さらに今後到来するだろう未来大学というように大学の目的も変化するし,それに呼応してカリキュラムの理念も変化を余儀なくされる。

 カリキュラムの理念は,大学教育の理念と密接に関係する。現代の大学の理念は教育基本法や学校教育法(ともに1947年制定)など法的規定を引用するまでもなく,研究と教育によって社会へ貢献することに集約される。中世大学は教育を中心とし,近代大学はそれに研究と社会サービスを追加した歴史を振り返ると,長い歴史を通して研究,教育,社会サービス,とりわけ研究と教育の車の両輪が重視されるに至ったことが分かる。大学は社会の影響を受け,従属するだけでなく,研究と教育という社会的機能によって社会に影響を与え,貢献することができるという理念を標榜するに至ったのである。研究によって学界さらには社会発展に寄与すると同時に,カリキュラムを媒介にした教育による人材養成によって社会発展に貢献するのであるから,大学教育の理念とカリキュラムとは密接に関係していることが分かる。

[カリキュラムの理念と内容]

カリキュラムの内容に注目すると,時代や社会の影響を受けて変遷するとはいえ,基本的にはカリキュラムの構造は大学教育の理念を反映している。近代大学以前のカリキュラムでは教養教育,専門教育が主であり,今日ではそれに加えてキャリア教育初年次教育などが主たる構造を形成している。

 第1に教養教育は中世大学以来存在し,名称は学芸学部の自由七科を基軸としたリベラルアーツ(教養教育)であるが,1945年にJ.B.コナントによって高等普通教育の視点から一般教育に改鋳された歴史がある。日本では1991年の大学設置基準の大綱化までは,この一般教育を教養部で行った。今日の日本の大学では,教養部がほぼ解体された結果,教養教育は衰退気味であるとしても,依然としてカリキュラムの基本部分を担っていることに変わりはない。

 第2に専門教育も中世大学に淵源し,法学,医学,神学の三大専門職を原型として近代・現代大学を通じて専門職への発展途上に位置する準専門職,専門職や準専門職と一般職との境界領域に位置するマージナル専門職などを包摂しながら次第に増大して今日を迎えた。専門教育は学部,学科,講座などの専門分野に依拠した教育の総称である。学部を事例にするならば文学部,教育学部,法学部,経済学部,理学部工学部,農学部,医学部などの専門教育がある。今日の日本では,専門教育と関わる200以上の学部,700種類以上の学士号が存在する。

 第3にキャリア教育は,学生のライフサイクルを射程に入れて,学生の成長発達や就業力に重点を置いた進路指導や職業教育の総称である。大学教育を生涯学習の一環に位置づければ,学生のライフサイクルやライフステージの重要性が問われ,キャリアに即した教育が不可欠となる。教養教育や専門教育が中世大学以来発達してきたのに対して,キャリア教育は現代大学の所産である。

 第4に初年次教育は,多様化した入学時の学生にとっては学校と大学との接続が不十分のため,学修意欲,態度,学力に改善点があることを想定して,今日では広くアカデミック・スキル(論理的思考力や問題発見・解決能力,レポート・論文作成方法など),ソーシャル・スキルおよびアイデンティティ(大学教育・学問に対する動機付け,時間管理や学修習慣の確立など)といった内容を持った初年次ゼミ,講座などが展開されるようになった。ほかにもリメディアル教育,導入教育なども同様の試みとして登場している。

[学生の学修力]

次に学生の学修力,さらに学力の到達度に注目すると,カリキュラムは学士課程において達成すべき学生の全学の到達目標をDP(ディプロマ・ポリシー)に基づいて設定した上で,各学部等の到達目標がCP(カリキュラム・ポリシー)に基づいて構築されている。上位目標と下位目標の整合性や実現度はAP(アセスメント・ポリシー)によって査定され,改善される。

[教員の教育力]

さらに教員の教育力に注目すると,学生の学力を目標通りに達成するには学生自身の学修力に依存する度合いは少なくないとしても,基本的には教授―学修過程における教員の教育力に負う度合いが大きい。とくに現代は,学生の従来型の学習(learning)から授業を担保した学修(study)への転換が問われているし,学生の能動的学修(アクティブ・ラーニングあるいはアクティブ・スタディ)をいかに醸成するかが問われているので,教員の教育力の向上が不可欠となった。トロウの分類に依拠して説明すれば,高等教育のエリート段階では,学生の自主性に委ねられた学習は,大衆段階さらにはユニバーサル段階を迎え,学生の超大衆化が生じている現代では,個々の学生の多様なニーズを掘り起こし,学修への動機づけを行い,学力を高めることが必要となっているのであり,そのためには,教員の力量に負う公算が大きい。研究と教育と学修を統合する教員力(R-T-Sネクサス)の向上が重要性を高めているのである。

 教員力を向上させるためには,カリキュラムの内容である教育科目や教科書や教材を十分に研究すること,教育方法,技術を洗練すること,学生の成長発達段階や学修へのレディネスを周知すること,学生の予習,復習を促進するようにシラバスを工夫すること,オフィス・アワーによって教室外での指導を行うことなどは重要な取組みである。さらに,キャップ制(履修単位の上限設定),GPA(平点),教科目の番号制,厳格な評価などもカリキュラムと関連した教育改革として欠かせないはずである。
著者: 有本章

参考文献: General Education in Free Society: Report of the Harvard Committee, Harvard University Press, 1945.

参考文献: 井門富二夫『大学のカリキュラム』玉川大学出版部,1985.

参考文献: 有本章編著『大学のカリキュラム改革』玉川大学出版部,2003.

参考文献: 杉谷祐美子編『大学の学び―教育内容と方法』(リーディングス日本の高等教育2),玉川大学出版部,2011.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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