フランスの政治家、歴史家。ニームの新教徒の弁護士の家に生まれる。父が恐怖政治のもとで死刑に処せられたのち、ジュネーブに移った。1805年にパリに出て法律と文学を修め、1812年からパリ大学で近代史の講座を担当した。このころ親交を結んだロアイエ・コラールに導かれて政界に入り、王政復古(1814)後、内務省、法務省の事務局長の職につく一方、ロアイエ・コラールらとともに、過激な変革と復古を排して漸進的改革を唱えるドクトリネール(純理派)を形成した。自由主義的なドカズ内閣の崩壊(1820)後、教壇に復帰する一方、ブルジョア自由主義の立場から政府批判の論陣を張った。1826~1830年に書かれ彼の文名を高めた『イギリス革命史』『ヨーロッパ文明史』などは、歴史の書であると同時に、自己の政治的立場の正当化を目ざすものでもあった。七月革命(1830)の際にはルイ・フィリップの勝利に貢献し、1830年代には内務相、公教育相を歴任したが、政治的には保守的傾向を強めた。公教育相としては、初等教育の普及のためにギゾー法(1833)を制定したが、無償の義務教育を命ずるものでなかったから、あまり実効はなかった。1840年代には駐英大使を経て、外相、首相になり、二月革命(1848)まで政権の中心を占めた。「労働と貯蓄によって金持ちになりたまえ」ということばが示すように、彼の政策はブルジョアの利害を第一義としていた。財産による制限選挙の堅持、立法による鉄道建設や金融機関の拡充が図られたが、それは利権に絡まる腐敗を惹起(じゃっき)した。外交面では対イギリス関係の改善を軸としたが、イギリスの利害と強まりつつある国内のナショナリズムに挟まれて成功を収めなかった。二月革命後、1年間イギリスに亡命ののち帰国したが、もはや政治的活躍の舞台は得られず、ノルマンディーの所領に引きこもり、著述の日々を送った。
[阪上 孝]
フランスの政治家,歴史家。南フランス,ニームのプロテスタントの家庭に生まれた。弁護士の父は“恐怖政治”のさなか処刑され,母子は革命の難を逃れてジュネーブに赴く。その地で厳格なカルバン主義教育を受けた彼は,1805年法律家を目指しパリに出る。ギボンの《ローマ帝国衰亡史》の注釈などで頭角を現し,12年パリ大学近代史講座の教授となる。復古王政治下,内相秘書官をはじめ,国務院調査官や県・地方行政局長の要職を歴任する一方,〈憲章〉理念実現のためロアイエ・コラールらとともに自由主義の立場から立憲君主政擁護の論陣を張る。その政治思想集団は〈ドクトリネール〉と呼ばれた。彼の講義はシャルル10世の反動政治のため一時禁止されたが,28年再開され反政府派学生・知識人らの好評を博した。七月王政の樹立後,短期間内相(1830),次いで文相(1832-36,36-37)を務め,40年以降外相,47年に首相となる。その政策の基調は,国王・内閣・議会の3権力の均衡による立憲政治と対英協調の平和路線にあり,“中間階級”による“中道政治”が標榜された。文相時代には公教育法を制定して初等教育の普及に努め,また〈フランス史協会〉創立に尽力した。だが王政後半の“中道政治”は二十数万の有権者を基礎にもっぱら金融貴族をはじめとする大ブルジョア階級の利害を擁護するもので,折からの凶作と食糧危機,不況による失業者の増大という国民大衆の状況は無視された。選挙資格の拡大を目的とする選挙法改革運動は〈改革宴会〉という形をとるが,これをギゾー政府が禁止したことが二月革命の誘因となる。革命の勃発で彼はロンドンに亡命,49年に帰国しノルマンディーに永住して歴史著述に専念した。《ヨーロッパ文明史》(1828)などの影響が福沢諭吉の《文明論之概略》にみられる。著作には《イギリス革命史》2巻(1826-27),《現代史の回想》8巻(1858-67)などがある。
執筆者:中谷 猛
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1787~1874
フランスの政治家,歴史家。七月王政下に文相,外相,首相となり,制限選挙制と利権の分配によって,上層ブルジョワの政治独占の維持に努めた。二月革命でロンドンに亡命。『ヨーロッパ文明史』などで歴史家としても著名。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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