ギリシア音楽(読み)ギリシアおんがく

改訂新版 世界大百科事典 「ギリシア音楽」の意味・わかりやすい解説

ギリシア音楽 (ギリシアおんがく)

今日ヨーロッパ各国で用いられている〈音楽〉を表す英語musicなどの語はギリシア語のムシケmousikēに由来する。ムシケは本来,詩と音楽と舞踊からなる包括的な概念であったが,しだいに詩と舞踊の要素が抜け音楽のみを指すようになる。その音楽の特性としては単旋律であったことがあげられ,対位法や和声法はなかったといわれる。

 歴史的にみると,前8世紀ごろのホメロスの朗唱叙事詩にはキタラの伴奏による歌や踊りがすでにみられる。前7世紀にはスパルタが音楽の中心となり,テルパンドロスTerpandrosはキタラのノモイnomoi(旋律型)を定め,タレタスThalētasは音楽で少年たちを訓練したという。前6世紀になるとサカダスSakadasがデルフォイのピュティア祭でアポロンと竜との戦いをアウロスで演奏して優勝したが,これを標題音楽の初めとする考えもある。またこの頃から抒情詩も盛んになってくるが,これにはサッフォーアルカイオスアナクレオンの歌のように独唱のものと,ピンダロスやシモニデスの歌のように合唱歌があった。独唱にはリラが付き,合唱にはさらに踊りが加わる。前5世紀には文芸の中心がアテナイに移り,悲劇や喜劇が開花する。これは演劇と舞踊と音楽が一体となった総合芸術で,特に音楽的に重要なのはコロス(合唱隊)である。コロスは悲劇の三大詩人アイスキュロス,ソフォクレスエウリピデスの時代にはほぼ12~15人の集団で,オルケストラorchēstraと呼ばれる円形の舞台上で歌ったり踊ったりした。しかし前4世紀以降ギリシア音楽は急激に衰退に向かう。ヘレニズム期には実際の音楽活動よりもむしろ理論的考察の方が盛んとなり,音楽理論家が後世に残るいくつかの理論書を著している。

 音楽理論家については,その始祖として前6世紀のピタゴラスをあげねばならない。後代の伝承ではピタゴラスは協和音の数比を発見したとされ,さらに前5世紀のフィロラオスや前4世紀のアルキュタスなどピタゴラス派の理論家は諸音を数比によって基礎づける理論を伝えている。これに対し前4世紀後半にアリストクセノスは《ハルモニア基礎論》を書いて感覚を重視した実践的な理論を打ち出しピタゴラス派に対抗した。その後ピタゴラス派の理論はユークリッドエウクレイデス,前4~前3世紀)やニコマコスNikomachos(2世紀)に,アリストクセノスの理論はクレオネイデスKleoneidēs(2世紀)などに継承されていくが,2世紀のプトレマイオスは《ハルモニア論》において両派を折衷する形で独自の理論を打ち出し,それがボエティウスに伝わった。

 ギリシアの音階は,テトラコルドtetrachordと呼ぶ音列が基礎であった。テトラコルドは完全4度の枠をもち,両端が固定し中間音が変化する四つの音から成っているが,中間音の位置によって全音階的,半音階的,微分音的の三つの種類に分けられる(図1)。このテトラコルドが積み重ねられると完全音組織ができるが(図2),ギリシアの音階は完全音組織から各1オクターブを切り取った形で説明され,各民族の名を取って七つに区別される(図3)。このようなオクターブの音階はオクターブ種とかハルモニア(複数はハルモニアイ)と呼ばれていた。

 ギリシアの楽譜については,現存するものはきわめて少なく,わずか十数曲にすぎない。しかもデルフォイの《アポロン賛歌》(前2世紀),セイキロスの《スコリオン》(前2~前1世紀),メソメデスの《ヘリオス賛歌》《ネメシス賛歌》《ムーサ賛歌》(いずれも2世紀)など比較的後期に属するものが多く,古典期のようすを伝えていない。その記譜法にはフェニキア文字といわれる古いアルファベットを用いた器楽記譜法と古典的なギリシアのアルファベットを用いた声楽記譜法の2種類あり,一種のタブラチュア譜であった。またリズムは詩の韻脚(プースpous)と同一名で呼ばれるが,ダクテュロス(2拍子系),イアンボス(3拍子系),パイオン(5拍子系)が基本であった。
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現代のギリシア人は人種的にも文化的にも古代ギリシア人の直接の後裔ではなく,むしろスラブやトルコ系の混血の結果であり,その音楽や舞踊も古代ギリシアのそれが連綿と伝承されているわけではない。今日のギリシアの伝統音楽を特徴づけているのは,ビザンティン帝国以来のギリシア正教会の典礼音楽と,15世紀半ばから約400年間この地を支配したオスマン・トルコの音楽の影響である。

 ギリシアの伝統音楽は各地方で伝承される民俗音楽(民謡と民俗舞踊)ディモティキ・ムシキdhimotikí mousikíと,都市の大衆音楽ライキ・ムシキlaïki mousikíに二大別される。各地方の民俗音楽はギリシア本土のもの,イオニア海のもの,エーゲ海の島々のもの,そしてクレタ島のものに分類できるが,これらはスタイルの点で明らかに聞き分けることができるし,また使用される楽器の種類も異なる。クレタ島ではリラとラウト(いずれも弦楽器)がもっぱら用いられるが,エーゲ海の島々ではバイオリン,ラウト,サンドウリが好んで用いられる。ところがオスマン・トルコの占領を免れたイオニア海の島では,バイオリン,ギター,マンドリンが用いられ三和音を奏でる。これは明らかにイタリアの影響である。本土の民俗音楽にはエピルス,マケドニア,トラキア,テッサリア,ルーメリア,そしてペロポネソスの各地方色が認められ,それぞれ個性的な特徴(歌詞の方言,伴奏楽器,合奏形態,曲種,リズム,小節(こぶし),舞踊,衣装など)をもっている。ギリシア本土の民俗楽器として,バイオリン,ラウト,フロイエラ(尺八系竪笛),クラリネット,ズルナ(スルナイ),ダウリ(大太鼓)などがある。

 ギリシア民謡は現代ギリシア語の口語体(ディモティキ)で歌われるが,物語歌として重要なジャンルにクレフティカkléftikaがある。これは1820年代の解放戦争で,クレフティスと呼ばれた義賊が支配者のトルコ人を敵にまわしての英雄的行為をたたえて歌ったもので,無拍のリズムと各シラブルを引きのばして起伏をつけていくメリスマ的な歌い方を特徴とする。ほかに結婚式の行列の歌パティナダpatinadaをはじめ伝統的な民謡の形式は多いが,なかでもミロロイアmirolóyiaと呼ばれる哭歌(なきうた)は女たちによって死者のために歌われ,これは古い伝統の一つと考えられている。またトラキアやエーゲ海のトルコ寄りの島々ではアマネamanéと呼ばれるトルコ風の詠嘆的な声楽(歌詞はギリシア語)が伝承されている。ギリシア民謡の旋法とビザンティン聖歌のそれとの関連は指摘されているが,無半音の5音音階や7音音階(レ旋法)のほかに,半音と増2度を含む旋法が2種類あり,これらにはトルコのマカームの影響が考えられる。

 ギリシア人は毎週土曜日の夕方ないし日曜の午後,教会前の広場や茶店で,人々が輪になって踊りホロスhorósを楽しむので,民謡のなかで踊歌が非常に大きな部分を占める。汎ギリシア的ともいえるシルトス,カラマティアノス,ツァミコス,そしてトルコ的色彩の濃厚なゼイベキコスとハサピコスなどの舞曲の形式に加えて,マケドニア地方のカルシラマス,テッサリア地方のカラグナス,クレタ島のペントザリスは有名である。舞曲(踊歌)のリズムには7/8拍子(3+2+2または2+2+3)のカラマティアノスや9/4拍子(2+2+2+3)のゼイベキコスのごとく,不等価の拍の組合せによるものが少なくない。

 都市の大衆音楽を代表するのが,下町の酒場で歌われ,またこれに合わせて踊られるレベティコスrebétikosである。これはトルコ起源の弦楽器ブズキを中心としたバンドで伴奏されるので〈ブズキ音楽〉とも呼ばれる。レベティコスの起源は,1920年代にバルカン戦争終結の結果,それまでトルコ領内に居住していたギリシア人が送還されてきたが,これら難民がブズキをかき鳴らしながら歌い出したものとされている。トルコ風旋法とリズムにギリシア民謡の節回しが結合されたものだが,これがまたたくまに一世を風靡するようになり,今日では海外のギリシア人社会でも,もっぱらこの音楽が奏でられている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ギリシア音楽」の意味・わかりやすい解説

ギリシア音楽
ぎりしあおんがく

ここではギリシア音楽を、ヨーロッパ音楽の源となった古代ギリシアの音楽と、近代ギリシアの音楽に分けて記述する。

[中山明慶]

古代ギリシア

古代ギリシア人が音楽を愛好し生活のなかに取り入れていたことは、神話や伝説、叙事詩、悲劇、喜劇、哲学などの文献資料から、また、彫刻や壺絵(つぼえ)のような美術品に描かれている音楽生活や音楽教授の場面からうかがい知ることができる。さらに、古代ギリシア人は科学的洞察力によって音楽の観察を行い、優れた音楽理論書を残し、これは続く中世の音楽理論の基礎となった。近代欧米のmusicなどの音楽総称語の語源が、この古代ギリシアのムーシケーmousikeに由来していることからも、古代ギリシア音楽がヨーロッパ音楽の大きな源となっていることがわかる。このムーシケーは、芸術全般、詩や音楽、舞踊をも含めた総合芸術の意味があり、今日の音楽の意味より幅広い。

 紀元前8世紀ころ、英雄たちがくつろぐとき、リラ(弦楽器)を伴奏に歌っていたことがホメロスの叙事詩からうかがい知ることができる。最初のアウロス(双管の縦(たて)笛)奏者と称され、また古いエンハルモニオンを基礎づけたといわれる伝説的人物オリンポスには、小アジアとの関係をみることもできる。前7世紀ころ、リラの弦数を増やしたキタラのためのノモイnomoi(旋律)が定められた。同じころアウロスのノモイを定めたのは、タレタスThaletas(クレタ島生まれ、スパルタで活躍)とクロナスKlonasといわれる。前5世紀ころに盛んに行われていた悲劇や喜劇では、コロス(合唱隊)がオルケストラ(舞台前面)で踊りながら歌った。また、サッフォー、アナクレオン、ピンダロスらによって叙事詩が音楽的に朗唱されたといわれている。

 古代ギリシアでは音楽は学問の対象ともされ、音楽理論や音楽美学上優れた成果を残した。たとえば、ピタゴラス(前6世紀)による音程比論、アリストクセノス(前4世紀)によるハルモニア論とテトラコード音階旋法論など、さらに時代は下って紀元2世紀のプトレマイオスの『ハルモニア論』(3巻)は、それまでのギリシア音楽理論の集大成となっている。しかし、美術品ほど音楽は残っておらず、発掘された断片的な楽譜からは、多くの優れた理論書に語られている理念の裏づけを探るには至っていない。

[中山明慶]

近代ギリシア

民俗音楽

トルコやスラブとの混血が進んだ後世のギリシアでは、音楽や舞踊の民俗的遺産のなかにそのような背景をうかがい知ることができる。すなわち、旋律表現には古い旋法の跡をとどめながらも、リズムにおいては2拍子と3拍子の組合せのようにスラブ的要素が濃厚にみられるし、楽器の種類はトルコなど周辺民族と共通するものが多い。

 おもな楽器としては、リュート系のラウートlauto、ツィター系のカノナーキkanonaki、西洋ナシ形の胴をもつ擦弦楽器のリラlyra、打弦楽器のサントゥーリsanturi、難民帰還後都市を中心に親しまれているブズーキbuzúkiなどの弦楽器、アウロスと同じダブルリードのズルナzurna(ピピザpipizaともいう)、バッグパイプの一種のツァンブーナtsambuna(クレタではマンドゥラmandúra)などの管楽器、太鼓類のダウーリdauli(トルコのダウル)とタンバリンのディフィdifiなどの打楽器がある。

 民謡でとくに注目されるものに、クレフトの歌とレベティカがある。前者は、1820年代の独立戦争当時トルコにレジスタンスをしていたゲリラ的義賊、クレフトを民衆がたたえた愛国的な歌である。レベティカは、都市を中心に下町の酒場で、トルコなどから送還された難民たちが、トルコ由来のブズーキの伴奏で歌い始めたもので、比較的新しい。

 ギリシアの民族舞踊は古くからあり、地方ごとに多くの種類があるが、大きく分けてシルトースsyrtósとピディクトースpidikhtósとになる。前者はゆっくりとすり足で歩くような踊りで歴史は古く、古代においては神聖な儀式の際に祭壇の周囲で踊られたとされる。後者は跳びはねて踊る活発な舞踊である。この2種の踊りは、組み合わせられて踊られることもあり、地方、季節などによって組合せが異なり、それぞれの名称がつけられているようである。

[中山明慶]

芸術音楽

これは19世紀後半以降、西ヨーロッパの影響下に展開される。とくに注目すべき人にカロミリスManolis Kalomiris(1883―1962)がある。彼は現在のトルコ領イズミルの出身で、ウィーン大学で学び、ギリシア民謡の特色を反映させて、オペラ『大工の親方』(1916、アテネ初演)、交響曲、ピアノ協奏曲などで名声を博し、国民的現代音楽を創始した。

 第二次世界大戦後には、前衛的手法を駆使したクセナキスIannis Xenaxis(1922―2001)、ママンガキスNikos Mamangakis(1929―2013)、クリストゥJani Christou(1926―1970)、独自の記譜法を用いるロゴテティスAnestis Logothetis(1921―1994)、さらに民謡(レベティカなど)を取り入れているテオドラキスMikis Theodorakis(1925―2021)とハジダキスManos Hadjidakis(1925―1994)らの作曲家たちによって代表される。

[中山明慶]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ギリシア音楽」の意味・わかりやすい解説

ギリシア音楽
ギリシアおんがく

ギリシア語のムシケは,音楽ばかりでなく,詩,舞踊など文芸一般を含む広い意味をもち,古代ギリシアの音楽の包括的な観念を表わす。ポリフォニーの発展はなかったが,リズムや音程の感覚にすぐれ,音響学 (ピタゴラスの音楽理論) ,音楽美学 (アリストテレスやプラトンのエトス論) など,音楽に関するすぐれた学問的研究が現れた。オルフェウスやアポロンの音楽にまつわる美しい伝説をももつ。楽器としては撥弦楽器キタラ,管楽器アウロスがあり,詩の韻と共通するリズムを基礎とし,常に文学と密着していた。

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