改訂新版 世界大百科事典 「くもの巣理論」の意味・わかりやすい解説
くもの巣理論 (くものすりろん)
cobweb theorem
生産期間が長いために価格の変化に対して生産量が速やかに反応しえない商品にみられる,価格と供給量の循環的変動を説明する理論。豚肉について,価格の変動により飼育頭数が増減し,それが飼育期間の経過後には豚肉供給量の増減となって現れ,その結果価格が騰落する。この価格の変動が再び飼育頭数に影響を及ぼす。このようなタイム・ラグをもつ価格と供給量の因果関係により豚肉の価格と供給量の周期的変動が生起することは古くから知られ,ピッグ・サイクルpigcycle(hog cycle)と呼ばれていた。豚肉にかぎらず家畜,野菜など,飼育や栽培の開始が自然条件などにより特定の季節に限定され,収穫までの期間が長く,かつ貯蔵することが困難な商品には,このような周期的変動がみられることがある。この変動を説明する理論は,1930年H.シュルツ,J.ティンバーゲンらにより提示され,34年W.レオンチエフとN.カルドアにより独立にほぼ完全な形に定式化され,価格と供給量を示す点の軌跡がクモの巣の張り方に似ていることから,カルドアによりくもの巣理論と名づけられた。
それは次のような理論である。家畜,野菜など特定の商品に対する需要曲線Dとその供給曲線Sは図のように示されるとする。ここで縦軸に価格Pを,横軸に需給量Sをとっている。さて最初の期(それを第0期とする)の価格はP0であるとすると,生産者は来期も同じ水準の価格で商品を販売しうると予想し,この価格での供給量S1を生産する計画を立て,第0期に生産を開始する。第1期になると,生産が完了し,この量が供給される。貯蔵が不可能であるから,価格が予想に反していかに高かろうとも,低かろうとも在庫による供給量の調整ができない。したがって第1期の供給量は水準S1に固定されている。第1期の価格は,この供給量に需要量が一致する水準P1に定まる。生産者は,再びこの価格水準が次の期にも持続すると予想して,供給量S2を供給するために生産を始める。そして第2期の価格はP2の水準に定まる。
このようにして生起する価格と供給量の変動は三つのケースに分けて考察される。まず第1に,価格に対し需要量が供給量より感応的である場合,すなわち図1のように絶対値で比較して需要曲線の勾配が供給曲線の勾配より小さい場合には,価格と供給量を示す点の軌跡はクモの巣状を描きながら2曲線の交点Eに漸近する。この漸近の過程では需要量と供給量は等しいが,生産者の予想価格と異なる価格が市場で成立している。これに対し交点Eでは,需給が均等しているのみならず予想価格は市場価格として実現され,もはや生産量を変更することはない。この意味で交点Eは定常的な均衡点である。このように均衡点に漸近するとき,均衡は安定であるという。第2に,図2のように需要曲線の勾配が供給曲線の勾配より大きい場合には,軌跡は均衡点Eよりますます乖離(かいり)する。このとき均衡は不安定であるという。第3に,図3のように2曲線の勾配が等しい場合には,同一軌道を反復することになる。すなわち均衡は安定・不安定に対し中立的である。現在でも若干の野菜などに,くもの巣理論によって説明しうる周期的変動がみられるが,品種改良,栽培法の改善,貯蔵技術の進歩などにより,このような変動は克服されつつあるといえよう。
執筆者:大槻 幹郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報