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アメリカの画家。本名はVosdanig Adoian。オスマン帝国領アルメニア(現、トルコ)のホルコムに生まれる。1920年、トルコの侵略を脱してアメリカに移住。ボストンのニュー・スクール・オブ・デザイン、のちに教鞭(きょうべん)をとるニューヨークのグランド・セントラル美術学校などに学んだ。ウッチェロ、アングル、ピカソ、ミロ、カンディンスキー、ロベルト・マッタRoberto Matta(1911―2002)らの影響を受け、作風を転々と変えていったが、1930年代の終わりになって自己の方向をみいだす。アメリカの大自然とアルメニアの記憶とを重ね合わせたバイオモーフィック(生形態学的)なイメージを、巧みな線描力によって表し布置する絵画に到達し、ブルトンの称賛を得た。1940年代の中ごろから画面はオートマティックな方法を駆使していっそう自由なものになるが、1947年、自動車事故にあい制作が困難となり、翌1948年コネティカット州シャーマンで縊死(いし)した。
[藤枝晃雄]
抽象表現主義の代表的な作家。トルコ領アルメニアに生まれ,1920年アメリカに亡命。キュビスム風の半抽象から,30年代後半には,故郷アルメニアの追憶をもとにしたミロ風のイメージを描き,またデ・クーニングやS.デービスと交友。43年ころから植物や昆虫の変形過程を追ったデッサンをもとに,独特の,自然の生成を形象化したフォルムを作りあげた。A.ブルトンが〈自然の前で描くことのできた唯一のシュルレアリスト〉と激賞。アトリエの火事や癌や自動車事故の不幸が重なり,自殺した。
執筆者:東野 芳明
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二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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