フランスの女流小説家。ヌーボー・ロマンを代表する一人。ユダヤ系染料工場主の娘としてロシアに生まれ、両親の離婚に伴い、スイス、フランス、ロシアを往復した。母親もコロレンコ編集の雑誌に寄稿し、何編も小説を発表している。ナタリーは最終的にパリに亡命した父親のもとでフランスの教育を受け、ソルボンヌ大学で英文学、オックスフォード大学で歴史、ベルリン大学で社会学を学んだあと、パリ大学法学部を卒業して、夫レーモンとともに弁護士となった。処女作『トロピスム』(1939)は、ジャコブとサルトルの激励を受けた以外完全に黙殺されたが、続いて『見知らぬ男の肖像』(1949)、『マルトロー』(1953)、『プラネタリウム』(1959)を発表してしだいに注目され、同題の小説の評価が集団的な衝動によって異常に高まり、やがて徐々に低下し、完全な無視に至る経過を地震計のようにたどった『黄金の果実』(1963)で、三島由紀夫の『金閣寺』と争い、フォルメントール賞を受賞した。いずれの作品においても、人間の心理の潜在的な動きを、微細な粒子が散乱する粥(かゆ)状物質のようなものとしてとらえ、ヒマワリの向日性のように、外界の刺激に応じてそれらの微粒子が不随意に方向を変える屈動性、すなわち生物学用語でいう「トロピスム」のなかに、現代人特有の不決断と不安の精神状況を描き出している。評論集『不信の時代』(1956)でその理論を展開したが、小説『生と死の間』(1968)、『あの彼らの声が……』(1972)、『子供のころ』(1983)では、いっそう抽象化を進めた。戯曲も6編ある。90歳を越えてもなお『ここでは』(1995)、『開けてちょうだい』(1997)を発表して、驚嘆すべき健筆をふるった。
[平岡篤頼]
『菅野昭正訳『トロピスム』(1965・新潮社)』▽『菅野昭正訳『プラネタリウム』(1961・新潮社)』▽『白井浩司訳『不信の時代』(1958・紀伊國屋書店)』▽『平岡篤頼訳『生と死の間』(1971・白水社)』▽『菅野昭正訳『あの彼らの声が……』(1976・中央公論社)』
フランスの女流小説家。ロシアに生まれ,幼時にフランスに移住,法律を学んで弁護士となった。心象スケッチ集《トロピスム》(1938)は無視されたが,サルトルが次の《見知らぬ男の肖像》(1948)に序文を寄せ,アンチ・ロマン(反小説)の出現を告げたため注目され,評論集《不信の時代》(1956)で性格,筋,心理などの伝統的概念を否定して,ロブ・グリエらとともにヌーボー・ロマン(新小説)の代表者と目された。《マルトロー》(1953)などの一見心理主義と見える作風は,中産階級の客間での浮薄なやりとりの風刺にすぎないようであるが,意識下の牽引,反発,接近願望,嫌悪などの交錯が,あたかも輪郭のおぼろな内面に懸濁し散乱する微粒子の不随意的な運動としてとらえられ,深部の実存のありようを形象化してみせている。この方法は《プラネタリウム》(1959)で画期的な成功を収め,《黄金の果実》(1963)で国際出版社賞を得た。劇作もある。
執筆者:平岡 篤頼
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…それは対象から独立した意識は存在せず,〈自転車の意識とは自転車のイメージである〉というフッサールの現象学とも符合する。とはいえ,今なお,作中人物の心理分析に関心を集中しているN.サロートや中村真一郎のような作家も健在で,ことに前者の《プラネタリウム》(1959)は,意識と無意識の相互干渉を解説せずに具象化した,現代に可能な唯一の心理小説と見なせよう。【平岡 篤頼】。…
※「サロート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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