日本大百科全書(ニッポニカ) 「コーヒー」の意味・わかりやすい解説
コーヒー
こーひー / 珈琲
coffee
アカネ科(APG分類:アカネ科)コヒア属Coffeaのコーヒーノキの種子、いわゆるコーヒー豆を原料とした嗜好(しこう)飲料。コヒア属には約120種あるが、栽培種はアラビカ種、ロブスタ種(コンゴ種)、リベリカ種、エキセルサ種の4種のみで、それぞれの植物の形態や特性は大きく異なり、品質にも大差がある。
4種のうちもっとも品質の優れているのがアラビカ種で、全生産量の90%を占める。ロブスタ種は豊産種であるが品質は低く、全コーヒー栽培面積の9%程度しか栽培されていないが、香りが強く、アラビカ種よりも豆粉からのコーヒー製造過程で香りが蒸発しない長所があるため、インスタントコーヒー製造用の原料豆として重要性を増している。また病害に強いため、アジアのアラビアコーヒーノキが葉銹(はさび)病で全滅して以来注目されるようになった。リベリカ種は10メートル以上に達する高木で、栽培に難点が多いため生産量は少なく、わずかにブレンド用として世界市場に供給されるにすぎない。エキセルサ種は、形態、特性、品質などはアラビカ種に似ており、耐病性も高いため、近年各地で試作されている。
[西山喜一]
飲用・栽培の歴史
アラビカ種の原産地エチオピアでは、古くから葉や青豆を煎(せん)じて薬用や飲用にする習慣があった。他の地域にはこうした習慣はみられていない。アラビアに伝播(でんぱ)したコーヒーは、9世紀にはペルシアに伝わり、さらにイラクやシリアにも栽培が広まっている。これらの地域では、コーヒー豆を熱湯で煮出して飲んでいたようである。
アラビアでは種子を砕いて揚げたり、成熟した果実から果汁を搾ってこれを発酵させ、カワーKahwaというアルコール飲料として飲まれていた。カイロの居酒屋ではこれはブナBunaとして売られ、トルコではカオバCaovaとよんで酒がわりに売られていた。しかし、イスラム教の教義では酒を禁じていたため、一部では果実を煎じて飲み物とし、苦行の苦痛を和らげるものとして賞用されていたという。
こうしてコーヒーの需要が増大してくると、アラビアの商人は栽培地が他に拡大することを恐れ、コーヒー豆の持ち出しを禁止し、輸出はすべてモカ港(北イエメン)に限定、また輸出する種子は熱湯をかけて発芽力を失わせるなど、いろいろな手段を講じて独占を図ってきた。しかし、16世紀にインドのメッカ巡礼者が種子7粒をひそかに持ち出し、インドのマイソール州(現、カルナータカ州)で栽培を始め、これが海外流出の最初とみられている。1699年には、オランダがイエメンからコーヒーノキを持ち出してジャワ島に導入し、同じころモカからもセイロン(現、スリランカ)に持ち出され、これらが母本となって、インドネシアのジャワ、スマトラ、チモールなどオランダの植民地で組織的な栽培事業が開始された。アジアのコーヒー栽培は1862年ころには最盛期を迎えが、1867年にセイロンでコーヒー葉銹病が発生し、数年のうちにアジア全域に広がり、全盛を極めていたアジアのコーヒー産業は1879年には壊滅するに至った。
アメリカ大陸へは次のような経過をたどって導入された。1706年にジャワのバタビア(現、ジャカルタ)からオランダのアムステルダムに苗が送られ、その一部が1713年にフランスのルイ14世に献上された。ここで育てられた苗3本が西インド諸島のマルティニーク島に送られたが、途中で2本が枯れ、残った1本が母本となってジャマイカ、グアドループ島、プエルト・リコ、メキシコ、コスタリカ、コロンビアなどカリブ海沿岸諸国や中南米全域に広がった。ブラジルのコーヒーは、ベルギー人の僧侶(そうりょ)モークによってブラジル北部マラニョン州からリオ・デ・ジャネイロの寺院に植えられ、信者の組織を通じて栽培が拡大され、今日の隆盛をみるに至っている。
葉銹病によってアラビアコーヒーノキが全滅したアジアでも、病害に強い品種ロブスタ種が導入されて、1915年にはふたたび栽培が始められた。アフリカのウガンダでも1912年には栽培が始まり、その後アジア、アフリカ全域に広がっている。
[西山喜一]
コーヒー店の歴史
ヨーロッパにおけるコーヒー嗜好の歴史は浅く300年余りにすぎない。しかし、短い年月の間にコーヒーは普及し、それに伴ってコーヒーを専門に飲ませる店、コーヒー店が出現するようになる。世界で最初にコーヒー店ができたのはトルコのコンスタンティノープル(現、イスタンブール)といわれるが、ヨーロッパでは1615年ベネチアに初めて開かれ、1645年にはパリ、1650年にはオックスフォードと波及し、ヨーロッパ全土に流行していった。コーヒー店は人々の社交の場となり、政治家、宗教家、文学者や社会各層の人が集まって繁栄したため、一部の宗教家や政治家は、危険な思想の温床になるとしていろいろ制約を加えたりもしたが、コーヒー店の波及を止めることはできなかったようである。
日本では、1689年(元禄2)御朱印船の紀行文『大淀三千風(おおよどみちかぜ)』にコーヒーが紹介されているのが最初である。しかし、シーボルトが「熱い茶を飲み、交際好きな日本人がコーヒーに親しまないのは不思議だ」と記しているように、当時はまったく顧みられていない。コーヒー店が記録に残るのは明治維新後で、1886年(明治19)に東京・日本橋小網町に、日本初のコーヒー店洗愁亭ができ、ついで1888年東京・下谷(したや)西黒門町に可否茶館(カッヒーちゃかん)が現れ、文化人の社交場として営業されたがまもなく閉店した。1890年には浅草公園内にダイヤモンドコーヒー店が開店したが、ヨーロッパのような盛況をみるには至らなかったようである。その後、大正・昭和の時代に入ってコーヒー店も増加し大衆化が進んだが、昭和10年ごろから戦時下の社会状勢のなかで、また国際関係の悪化に伴ってコーヒーの需要も停滞した。
第二次世界大戦以降はしばらく輸入統制が続いたが、1960年(昭和35)コーヒー豆の輸入自由化、1961年にはインスタントコーヒーも自由化されて一躍コーヒーブームとなり、コーヒー店も町に氾濫(はんらん)して今日に及んでいる。
[西山喜一]
種類と特徴
コーヒーは産地によって種類が分けられ、香り、酸味、苦味、こくなどの特徴によって類別される。用途によってはストレート用、ブレンド(配合)用、ブレンドのベース(台)用に分けられる。
香りや味は、産地の気候、土性などの自然環境条件と、栽培技術や収穫調整技術によって差が現れるので、コーヒーの種類とは産地による銘柄分類となり、植物学的にはほとんどがアラビカ種である。
[西山喜一]
ブラジル
世界第1位の生産量を占めるブラジルコーヒーには、サントス港から積み出されるブラジル・サントスとそれ以外のブルボンとがあり、前者は品質が高い。ブラジルのコーヒーは酸味が少なく香りの高い中級品で、ブレンドのベースとして欠かすことができない。
[西山喜一]
コロンビア
アンデス山脈の1000メートル前後の地帯で生産され、その生産量はブラジルに次いで世界第2位である。香り、酸味ともに優れ、気品に富んだこくのあるコーヒーで、他の種類ともよく調和する。とくにメデリンで生産されるコーヒーは世界の最高級品として知られている。
[西山喜一]
ブルーマウンテン
ジャマイカの1000メートル以上の高地で生産される。生産量は少ないが豆の選別がよく品質も優れ、香りと酸味の調和がとれたコーヒーの絶品として評価が高く、ストレート用として愛飲される。ジャマイカ産でも低地で生産されたものは、香り、酸味ともに劣り下級品である。
[西山喜一]
グアテマラ
香り、酸味ともに優れた風格のある上品な味のコーヒー。ブレンド用の高級品として知られ、わずかな量の配合でも風味を引き立たせる。太平洋に面した南面の山腹で生産されるが、とりわけベラパズ産のものが優れている。
[西山喜一]
コスタリカ
酸味と苦味が強く、ブレンド用として欠かすことのできない優良品。グアテマラ産に比べてやや品質は劣るが、わずかな配合によっても風味を増す。
[西山喜一]
モカ
数世紀にわたって世界のコーヒー市場を独占してきた最高級品。アラビアンモカとモカロングベリーとがある。前者はイエメンの1500メートル以上の山腹急傾斜地で生産され、強い酸味と独特の高い香り、風味をもつ。後者はエチオピアで産出され、アラビアンモカに風味は類似しており、ストレート用、ブレンド用としても知られている。
[西山喜一]
コナ
強い酸味と濃厚な香りをもつハワイ産のストレート用コーヒー。古い豆はオールドコナとよばれ、酸味が緩やかになった味わいが珍重される。
[西山喜一]
ジャワ・ロブスタ
ロブスタ種はアフリカやインドネシアの低地で生産され、苦味が強く、風味に特徴の少ない下級品として扱われるが、ジャワで生産されるものは栽培技術が優れ、適期収穫と品質管理によって、とくにジャワ・ロブスタの銘柄が付されている。
[西山喜一]
成分
コーヒー豆は、水分、灰分、脂肪、粗繊維、粗糖分、粗タンパクおよびカフェインなどの成分から成り立っている。各成分の割合は種類や産地によって多少異なるが、粗糖分がもっとも多く約30%を占めている。粗糖分はショ糖やブドウ糖の形で存在し、焙煎(ばいせん)によってカラメルに変化してコーヒーの色をつけ、香りやこくを増す作用がある。
脂肪は香りともっとも関係の深い成分で、含有量は約12~16%である。パルミチン酸とリノール酸を多く含み、ほかにオレイン酸、ステアリン酸、リノレン酸などがある。カフェインやカフェリンはコーヒーの味を支配する特徴的成分で、含有量は1.3%前後であるが、熱湯によく溶ける性質があり、爽快(そうかい)な刺激と興奮作用をもたらす。タンニンは苦味成分で、下級品ほど含有量が多い。強煎(い)りすると溶出量が増して苦味が強くなり、浸出時間が長いとタンニンが分解してピロガロールを生じて風味を低下させる。香り成分は、生豆を焙煎する過程で生じるカフェオールやエーテル性のもので、揮発しやすく、粉砕後ほうっておくと約2週間で失われてしまう。
これらの成分と健康との関係をみると、カフェインやカフェリンは医薬的効果があり、興奮剤として、また利尿、便通、鎮痛などにも効果がある。とくに片頭痛に対しては優れた効き目がある。豆は浅煎りほど熱分解が少なく特徴がよく出るが、胃に対する負担は大きい。負担を軽減するためには強煎りのコーヒーのほうがよく、ミルクを加えて刺激を緩和させる。
[西山喜一]
生産と消費
世界の生豆総生産量は、1970年代には7000万俵余り(1俵60キログラム)であったが、消費の増大に伴って1980年代には2000万俵以上も増加、2017年には1億5856万俵に達している。世界の主要消費国の輸入量は1億2611万俵であるから、平年作の年には生産過剰の状況にある。地域別にみると、中南米に主要産地が集中し総生産量の約62%を産出する。原産地のアフリカでは近年生産拡大を図っている国が多いが、産出量は約10%を占めるにとどまっており、アジアやオセアニアでは1870年代に葉銹病で壊滅して以来、生産量は少なかったが、ベトナムとインドネシアの生産が増え、2018年では約28%となっている。コーヒーの産出国はいずれも開発途上国で、コーヒーによる外貨収入は重要な国家財源の柱となっているが、栽培技術や肥料農薬の投入などが低いため、年により豊凶の差が大きく、コーヒー市場に対する供給は不安定である。
年間1人当りの消費量はルクセンブルクがもっとも多い。ついでフィンランド、デンマーク、オーストリア、スウェーデンと続く。かつては北欧4か国の消費量が目だっていたが、EU28か国の国ごとの消費量の差は年ごとに少なくなり、国際コーヒー機関は2014年からEU各国ごとではなくEU全体の消費量を発表するようになっている。日本は輸入自由化以後急激に消費が拡大した。しかし、緑茶や紅茶などの嗜好飲料が豊富なため、消費の伸びは近年鈍っている。
[西山喜一 2021年5月21日]
処理
収穫した果実は、精製、焙煎、配合、粉砕、抽出の過程を経て、飲料としてのコーヒーになる。
[西山喜一]
精製
成熟した果実は赤紅色になり、サクランボに似ているのでコーヒーチェリーとよばれる。厚い果肉の内部に、2個の扁平(へんぺい)な種子が抱き合った形で包まれている。種子の最外部のパーチメントスキン(羊皮)と、これに密着したシルバースキン(銀皮)を取り除く過程を精製といい、精製後のグリーンビーン(生豆)が市場に供給される。
精製には乾式と湿式の二つの方法がある。乾式は昔から行われている方法で、果実を天日乾燥で十分に乾かしたのち、脱穀機で果肉(コーヒーパルプ)を取り除き、羊皮剥離(はくり)機にかけてパーチメントスキンを除去し、つや出し機でシルバースキンを除いて生豆にする。湿式では、水を使って混ざり物や未熟果などを選別し、果実除去機によって種子と果肉を分離させる。豆を約半日堆積(たいせき)して付着物を発酵分解させてから水洗して、乾燥機で乾かしたあと羊皮剥離機とつや出し機にかけて生豆とする。湿式で精製した生豆はウォッシュドコーヒーwashed coffeeとよばれ、乾式に比べ市場で高く取引されるため、近年湿式法による精製が多くの産地に広まってきている。
[西山喜一]
焙煎
生豆を煎ること。ローストともいう。熱によって豆の成分が変化し、香りや味が引き出される。一般に浅煎りでは酸味が強く残り、深煎りによって苦味が増してくる。
焙煎の良否はコーヒーの味や香りの決め手である。全部の豆を均等に中心まで焼き上げるための火力の調節には、とくに経験と熟練を必要とする。また、焙煎時に発生する煙の処理もたいせつで、排煙が不十分な場合はスモークとよばれ、いぶり臭く風味も低下し、排煙が完全すぎるとこくが出ないという欠点を生じる。さらに焙煎後の豆の冷却も重要で、冷やし方が遅れると舌ざわりが悪くなる。
焙煎の程度は好みによって異なり、次の8段階に分けている。もっとも浅い煎りをライトとよび、浅煎りをシナモン、普通煎りをメデューム、やや強煎りをハイ、中煎りをシティ、やや深煎りをフルシティ、強い深煎りをフレンチ、もっとも深い煎りをイタリアンという。一般にアメリカ人や日本人は浅煎りを好み、ヨーロッパ人は深煎りを好むようである。
[西山喜一]
配合
ブレンドともいい、酸味や苦味など特徴の異なる数種類の豆を混ぜ合わせ、好みの風味をつくりだすことをいう。一般には中庸な風味のブラジル産コーヒーをベースに、コロンビアとかグアテマラ、コスタリカ、モカなど、特徴のある数種類以上のコーヒーを配合する。標準的には、ブラジル40%、モカとコロンビアをそれぞれ30%という割合が多いが、酸味を好む場合は、コロンビア40%、モカとブラジル各30%などもあり、愛好家のなかには個人の嗜好によって独自の配合割合を開発して愛飲する向きも多い。
[西山喜一]
粉砕
焙煎したコーヒー豆をひいて粉にすることで、カットともいう。粉の大きさをメッシュといい、細かびきと中びき、粗びきの3段階がある。コーヒーをいれる道具やいれ方によって粉の大きさを選ぶ。目安として、メリタやカリタ、サイフォンでは細かびき、ドリップでは中びき、パーコレーターでは粗びきを用いる。
粉にひいたコーヒーは、脂肪の変質が激しく、とくに香りの成分であるエッセンシャルオイル(精油)は揮発性が強いため、放置した場合には2週間余りでほとんど失われてしまう。家庭用のコーヒーミルを備え、飲む分量だけ直前にひくようにし、粉で買う場合は少量買って、保存は密閉容器に入れるのがよい。
[西山喜一]
いれ方と器具
コーヒーのいれ方にはいろいろあるが、浸漬(しんし)法と透過法の二つに大別される。浸漬法は、ごく短時間コーヒーの粉を熱湯に浸漬し成分を抽出したのち濾過(ろか)する方法で、器具はサイフォンやパーコレーターが用いられる。透過法は、熱湯をゆっくり粉に注ぎながらコーヒー成分を溶解抽出する方法で、ネルを用いたドリップ式やこれを簡単にした簡易ドリップ(メリタ式やカリタ式)がある。透過法は浸漬法に比べて、あくなどの余分な成分の抽出がないので、いれ方としては優れているといえる。
[西山喜一]
サイフォン式
上下2段の容器からなり、上段は漉(こ)し器を兼ねたコーヒーの浸出容器で、下段は熱湯容器とコーヒー受けを兼ねている。最初に上段容器に粉を入れ、下段には熱湯を入れて両方を連結する。下段の容器を加熱すると、熱湯は上段に移って粉を浸漬し、約1分ほどで下の火を止めると、容器内の空気が冷えて減圧状態となり、上段のコーヒーが濾過されサイフォンを通じて下へ降りてくる仕組みである。熱湯が上の容器に移って粉が浸漬されるとき竹べらでかき混ぜるが、混ぜ方が強すぎると、あくや渋味などが出て味を損なう原因となるので気をつける。
[西山喜一]
パーコレーター式
ポットの中にパイプのついた漉し器付きのバスケットを入れ、これに粉を入れて熱湯を環流させコーヒーを抽出する方法。抽出させる時間はおよそ4分で、これより長くなると風味を失いやすい。粉は中びき、または粗びきを用い、余分な成分の抽出を避けるようにする。
[西山喜一]
ドリップ式
片面ネルの漉し袋を用いてほうろうポットにコーヒーを抽出する方法。あらかじめ温めておいたポットに、ネル面を内側にして粉を入れた漉し袋をかけ、熱湯(最適温度は83℃)を注ぐ。最初に少量の湯を粉全体に注いで湿らせ、残りの湯を数回に分けて入れるが、このとき泡が出るので、泡が消える前に次の湯を注ぐようにする。泡は多く出るほど抽出がよく行われているので、おいしいコーヒーになる。量の多少にかかわらず約3分くらい時間をかけていれるが、熱湯が冷めないように弱火にかけながら温度を保って注ぐとよい。漉し袋は使用後はよく洗ってきれいな水につけて保管する。新しい漉し袋を使うときはよく水洗いし、30分ほどコーヒーで煮てから用いるようにする。
[西山喜一]
簡易ドリップ式
ドリップ法を簡単にした器具で、いずれもネル袋のかわりに使い捨てできる漉し紙を用いる。ドリッパーとよばれる漏斗(ろうと)状容器に漉し紙を敷き、これに粉を入れて熱湯を注ぐが、カリタ式はドリッパーの底に三つの穴があり、メリタ式は一つである。カリタ式に比べてメリタ式は、コーヒーが濃くなる傾向がある。ドリップ式と同様、最初は少量の湯で粉全体を湿らせ、約20秒放置して安定させたのち、ゆっくりと残りの湯を注いで抽出させる。湯は適温83℃で、これより低い温度では抽出されにくい。ドリップ式に比べて漉し紙の吸着力が小さいため、不必要な成分まで流出してしまうので、最後まで絞りきらないようにするのが、おいしくいれるこつである。
これらの代表的ないれ方のほかに、ホテルや事業所などで一度に大量のコーヒーを必要とする場合など、カフェ・エスプレッソとよばれる高速コーヒー圧出機が使われている。
どの方法でいれる場合でも、おいしいコーヒーをいれるには、まず新鮮で良質な品を用いること、そして焙煎の強弱、器具にあわせたメッシュと抽出時間、正しい量の粉の使用、熱湯の温度などが決め手となる。1人当り適量は、粉10グラム、熱湯量80~100ccを標準とし、温度は83~85℃が適温であるが、小人数の場合には抽出中の温度低下を考え合わせて93℃前後の湯を使うことが望ましい。普通、沸騰した湯を火から下ろし、約10秒経過した温度が93℃に近いものである。こうしていれたコーヒーは、いれたてを飲むこと。冷えると濁ったり苦味や渋味、えぐ味を増し、ふたたび温めて沸騰させたりすると、香味は著しく失われる。
コーヒーのおいしさは、香り(フレーバー)、香味(アロマ)、味(テイスト)の調和によって決定する。香りは焙煎技術とひきたての粉を用いることでかなえられる。味は甘味、酸味、苦味、渋味の調和によって得られる。甘味は苦味が強いと感じにくく、自然の甘味を感じるコーヒーは良質である。酸味と苦味はコーヒーの味の決め手となる味覚成分で、両者のバランスで味の広がりが得られる。いずれも焙煎の加減やいれ方で微妙に変化し、酸味が強いと苦味が後退する。渋味やえぐ味はコーヒーの味を損なう要素となるが、新鮮な豆を用い、微粉を除き、基本どおりのいれ方に従えば、避けることができる。
[西山喜一]
飲み方のいろいろ
コーヒーを十分味わうためにブラックで飲む場合もあるが、一般的には砂糖やミルクを加えて飲むことが多く、日本やアメリカではこの飲み方が普通である。コーヒーに砂糖を加えた歴史は17世紀初頭にさかのぼるが、ミルクを加えるのはこれよりやや遅く、それ以前はシナモン(肉桂(にっけい))、クローブ(丁子(ちょうじ))、マスタード(洋がらし)などを加えて飲んだ歴史もある。
暑い夏に好まれるアイスコーヒーは、濃いめにいれたコーヒーを、氷片を入れたグラスに注いで急速に冷やすと、香味を失わず、おいしく飲むことができる。
世界各地にはお国ぶりにあわせた特徴のあるコーヒーの飲み方がいろいろあり、今日では日本にも紹介されて日常的に広まってきている。モーニングコーヒーは標準量の約2倍の熱湯でいれた薄いコーヒーで、アメリカ人に好んで飲まれている。食後に賞味用に飲まれるデミタスコーヒーは、約半量の熱湯でいれる濃厚なもので、これには小型のデミタスが使われる。フランスのカフェ・オ・レは、朝食として飲まれるコーヒーで、多量の牛乳を加えて大型のカップやボールで飲む。オーストリアのウィーンで飲まれていたウィンナーコーヒーは、泡立てた生クリームをたっぷり加えたもの。アイルランドで始まったアイリッシュコーヒーは、コーヒーに多量のミルクを入れ、これにアイリッシュウイスキーを加えたもので、アメリカでは近年愛飲者が増えている。
そのほか世界には特異な飲み方のコーヒーも多い。イタリアで飲まれているカフェカプチーノは、シナモンスティック(肉桂の皮)でコーヒーを攪拌(かくはん)し、その移り香を楽しむもの。トルココーヒーは、微粉末にひいたコーヒーを冷水からゆっくり煮出し、漉さずにこれをカップに入れて上澄みだけを静かに飲むもので、この飲み方はイスラム圏や東欧諸国、旧ソ連の国々などの広い地域で行われている。シコレコーヒーはヨーロッパで広く飲まれているもので、シコレとはチコリー(キクニガナ)の根を乾燥し煎って粉にしたもので、これを増量剤として加えることにより、焙煎の強いコーヒーと同じような苦味が味わえる。
[西山喜一]
『堀部洋生著『ブラジル・コーヒーの歴史』(1973・パウリスタ美術印刷)』▽『高島君子著『楽しいコーヒー教室』(1977・永岡書店)』▽『佐古健一著『料理ハンドブック3 ソフトドリンクス』(1978・ひかりのくに)』▽『秋山悟堂著『おいしくいれるコーヒー入門』(1983・有紀書房)』▽『小林章夫著『コーヒー・ハウス』(1984・駸々堂出版)』▽『マーク・ペンダーグラスト著、樋口幸子訳『コーヒーの歴史』(2002・河出書房新社)』▽『広瀬幸雄著『コーヒー学講義(増補)』(2003・人間の科学新社)』▽『小池康隆著『珈琲パーフェクト・ブック――上質のテイストを愉しむ』(2003・日本文芸社)』▽『田口護著『田口護の珈琲大全』(2003・日本放送出版協会)』