改訂新版 世界大百科事典 「スキュデリー」の意味・わかりやすい解説
スキュデリー
Madeleine de Scudéry
生没年:1607-1701
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…1629年に始まったコンラールValentin Conrart(1603‐75)のサロンは,ボアロベールやシャプランの集会所となり,アカデミー・フランセーズ誕生(1635)の母体となった。フロンドの乱(1648‐53)のころには政治サロンも開かれたが,以後はスキュデリー嬢のサロンを中心に,フランス語の洗練に主力が注がれた。それが行き過ぎ,あまりにも気取った表現が乱用されたので(このような気取りをプレシオジテpréciositéと呼ぶ),モリエールらの嘲笑を招く結果にもなった(《プレシューズ(才女気取り)》など)。…
※「スキュデリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新