デジタル大辞泉
「ストゥデニツァ修道院」の意味・読み・例文・類語
ストゥデニツァ‐しゅうどういん〔‐シウダウヰン〕【ストゥデニツァ修道院】
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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ストゥデニツァ修道院
ストゥデニツァしゅうどういん
Studenica Monastery
セルビア南西部のラシュカ地方にある修道院。 12世紀,ネマーニヤ朝の始祖ステファン・ネマーニヤの命で建てられ,死後は王の霊廟になった。最盛期には 13の聖堂群があったと伝えられるが,現存するのは 12世紀建造の聖母聖堂と聖ニコラス聖堂,14世紀建造の王の聖堂の三つのみ。そのうち主聖堂である大理石の聖母聖堂 (1190) は,ロマネスク様式とビザンチン様式を融合させたラシュカ派様式によるもので,ネマーニヤの末の息子サーバがギリシアから連れてきた画家たちの手によるフレスコ画が壁面を飾っている。ステファン・ネマーニヤの柩 (ひつぎ) は象牙や貝殻で精緻な装飾が施された黒檀の棺に納められている。王の聖堂 (1315) は歴代の王の肖像が飾られ,ネマーニヤの二男ステファン・プルボベンチャニの黄金の指輪が残されている。 1986年世界遺産の文化遺産に登録。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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「ストゥデニツァ修道院」の解説
ストゥデニツァしゅうどういん【ストゥデニツァ修道院】
1986年に登録されたセルビアの世界遺産(文化遺産)で、首都ベオグラードの南方、ストゥデニツァ河畔にある12世紀の修道院。聖母聖堂、聖ニコラ聖堂は12世紀の建物で、王の聖堂は14世紀の建造物である。これらの建物は、ロマネスク様式とビザンチン様式が融合したラシュカ派様式の傑作とされている。教会堂の内部には、13~14世紀の見事なビザンチン・フレスコ画が描かれている。その一部はオスマン・トルコとの戦いで損傷してしまったが、奇跡的に無傷で残った「磔刑図」はビザンチン美術の傑作とされている。また、この修道院は、セルビア王国ネマーニヤ朝の始祖、ステファン・ネマーニヤの遺体が葬られているところとしても知られている。◇英名はStudenica Monastery
出典 講談社世界遺産詳解について 情報
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「ストゥデニツァ修道院」の意味・わかりやすい解説
ストゥデニツァ修道院【ストゥデニツァしゅうどういん】
セルビア南部,ラシュカ地方にある修道院。12世紀末,ネマニッチ王朝を興したステファン・ネマーニャが創建した。ネマニッチ王朝の歴代の王たちが建てた多くの修道院を代表するもの。12世紀の建造の聖母教会と聖ニコラウス教会,14世紀の王立教会がある。大理石造り,ドームがひとつで,ロマネスク様式とビザンティン様式が融合した独特の建築様式の建物。聖母教会には13世紀に描かれた〈キリスト磔刑(たっけい)〉などのフレスコ画や彫刻が残る。1986年,世界文化遺産に登録。
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