詭弁(読み)キベン(英語表記)sophism

翻訳|sophism

デジタル大辞泉 「詭弁」の意味・読み・例文・類語

き‐べん【×詭弁/××辯】

道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論。こじつけ。「―をろうする」
sophism論理学で、外見・形式をもっともらしく見せかけた虚偽の論法。
[補説]1は「奇弁」、2は「危弁」とも書く。また、「弁が立つ」との混同で、「詭弁が立つ」とするのは誤り。
[類語]理屈屁理屈小理屈こじつけ空理空論講釈御託ごたく

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精選版 日本国語大辞典 「詭弁」の意味・読み・例文・類語

き‐べん【詭弁・詭辯】

  1. 〘 名詞 〙 ( 「詭」は違う意 ) 道理に合わない弁論。まちがった理屈を正しいと思いこませる論法。こじつけの論。また、誤りを正しいと思いこませること。偽弁。
    1. [初出の実例]「就中如人仙之論謂琦辯也」(出典:新編覆醤続集(1676)一二・与林羅山)
    2. 「彼は何かいへば詭辯を弄するやうになるのが」(出典:山科の記憶(1926)〈志賀直哉〉一)
    3. [その他の文献]〔史記‐屈原伝〕

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改訂新版 世界大百科事典 「詭弁」の意味・わかりやすい解説

詭弁 (きべん)
sophism

一見正しそうに見えるが実は成り立たない議論。ことさらに自己主張したり,相手を論破し困惑させたり,奇矯の説によってひとをおもしろがらせたりするのに用いられる。議論を売物としたギリシアソフィストたちを論駁するために,すでにアリストテレスが統一的に研究している(《トピカ》《詭弁論》)。

 詭弁は一般に受け入れられている,あるいは少なくとも相手に受け入れられる前提から出発し,論理的手続,あるいは少なくとも論理的にみえる手続によって結論に至らなければならない。したがって誤りがあるとすればその手続に誤りがあるはずである。その誤りは純粋に論理的なものないし統語論的なものか,意味論的ないし実用論的なもの,あるいは両者を合わせたものである。前者はいわば論理法則の誤った適用による。たとえば〈成功する政治家はみな太っ腹だ〉として,このことから〈あいつは太っ腹だから政治家として成功する〉と主張する議論は詭弁的だが,それは,〈すべてのABである〉がいえても,かならずしも〈どのBAである〉とはいえないからである。また,知り合った女性がみな感情的だとしても,このことから〈女性はみな感情的だ〉とするのは誤った,詭弁的議論であるが,それは〈部分について成立することも全体については成立するとはかぎらない〉という論理学的原則を無視したために起こった。少し複雑な詭弁にジレンマ両刀論法)の誤った適用がある。〈本当のことをいえば世間から憎まれ,噓をつけば神様から憎まれる。本当のことをいうか噓をつくかのどちらかだ。だからお前はどうしても憎まれるのだ〉という議論は正しいようにみえる。しかしこれは詭弁である。それは,〈本当のことをいうか噓をつくかのどちらかだ〉が成立しないからである。ここにはだまっているという逃げ道がある。このかたちのジレンマは,〈pならばrqならばrpまたはq。ゆえにr〉の形式を満足しなければならない。

 意味論的詭弁は〈犬は四足だ。あいつは(警察の)犬だ。ゆえにあいつは四足だ〉という議論にみられる。この推論は形式的・統語論的には正しいが,前の〈犬〉とあとの〈犬〉とでは,意味が違い,あとの〈犬〉はいわば比喩的犬を意味する。これを中項多義の誤謬という。そのため一見してまちがった結論が生じたのである。〈あなたは山田さんです。あなたは高田さんです。だから山田さんと高田さんは同じ人です〉も,結論が明らかに認められない詭弁的議論で,これは前の〈あなた〉とあとの〈あなた〉が別の人を指すことを無視したために起こった。しかし別の人を指しても〈あなた〉の意味に違いがあるともみえないから,これは前の例とは性質を異にしている。それは人称代名詞指示代名詞が文脈によって別の対象を指しうる文脈依存的な語であることを無視したために生じた詭弁である。多くの語の多義性にもとづく誤謬はこれほど明示的なものではない。〈日本人とは日本国籍を持つものである。アメリカ市民権を持つものは日本国籍を持たない。だがかなり多くの日本人がアメリカ国籍を持っている。ゆえにかなり多くの日本人は日本人ではない〉。この結論は同一律に反するようにみえ,とうてい承認できない。それはこの文脈に現れる〈日本人〉の多義性を無視した議論である。最初の〈日本人〉は法的見地からみた日本人であり,あとの〈日本人〉は民族ないし人種としての日本人とみられる。両者の意味は違い,外延にはずれがある。だがこのことを明記すればこの議論は成立し,結果も矛盾律反しないものとなる。たとえば最初の〈日本人〉を〈日本人1〉,あとの日本人を〈日本人2〉と別の語と考えればよい。こうすると詭弁は消える。結論が論理法則に反する詭弁に次のような別種のものもある。〈ネズミはみな小さい(たとえば人間に比べて)。ネズミはみな大きい(たとえばアリに比べて)。ゆえにある大きいものは小さいものである。しかし大きいものはすべて小さくはない。したがってある小さいものは小さくない〉。これは〈大きい〉〈小さい〉がふつうの性質語,たとえば〈赤い〉〈甘い〉と違って適当な規準に照らしていえる規定であるのに,同一の推論のなかでその規準を動かしたために起こった詭弁である。さらに,表現する言語の種類に特有な詭弁もある。ヨーロッパ語には〈ある〉に相当する語がコプラ繫辞)と存在を表す述語の両方に使われる国語が多い(たとえば“be”,“être”)。これに反し,日本語では〈である〉と〈が(は)ある〉というように助詞で両者を使い分ける。この使い分けのないヨーロッパ語では,〈幽霊はいる(ある)。なぜなら幽霊はそれであるところのもの(たとえば白くあるところのもの,暗いところに現れるところのもの)である。したがってそれはある〉という詭弁が成立する。この議論は,元来〈それはそれであるところのものである〉から〈それはある〉に進めないのだ,とみれば意味論的誤謬というよりは統語論的誤謬である。

 以上の例からみると,詭弁は簡単にそれとわかるようにみえるが,われわれがふつう疑わない日常的推論の多くが実は論理的飛躍になっているから,詭弁とそうでないものとの見分けは困難である。たとえば,〈彼は非常な秀才だからきっとその試験に合格するだろう〉といえば,秀才でも試験に落ちることはいくらでもあるのだから,これは冒頭の定義の詭弁ともみられる。われわれが詭弁と感じないのはこの論法が常識に合っているからである。詭弁にはどこか無理なところが感じられなければならない。その第1は結論の明確な偽,または偽らしくみえることである。そこで初めから詭弁の定義に,結論の偽,または偽として現れることを入れる論者もいる。
虚偽 →パラドックス
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「詭弁」の意味・わかりやすい解説

詭弁
きべん
sophistikē ギリシア語
sophism 英語
sophistry 英語

相手を言いくるめるためのごまかしの議論。とくにギリシアのソフィストたちの用いた、実は非論理的であるのに見かけのうえでは論理的な議論をいう。真実を明らかにするためにではなく、ただ論争に勝つためになされる。この場合、たとえば「年をとるのは年をとっていない者である。ゆえに、年をとった者は若者である」といった、ことばのあいまいさを利用した議論や、「ソクラテスは人間である。しかるにコリスコスはソクラテスではない。ゆえにコリスコスは人間ではない」といった、にせの論理が用いられた。論理の規則に無知であったり、日常の習慣や感情にまどわされるとき、詭弁にごまかされやすい。アリストテレスは『詭弁的論駁(ろんばく)』でそのさまざまな例を示し、対抗の仕方を教えている。しかし他方では、ソクラテスの哲学的議論のような真正の論理が詭弁としてかたづけられることも多く、むしろこのほうを警戒すべきであるともいえる。

[田中享英]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「詭弁」の意味・わかりやすい解説

詭弁
きべん
sophistikē; sophistry

故意に行われる虚偽の議論をいう。詭弁の発生は,直接的な日常現実からの離脱としての論理的反省の機運が高まったときと期を同じくしている。そこに知的能力の用いられる可能性が開けたのだが,詭弁は次の2種類に大別されよう。 (1) 外見上は論理的に真理のようにみえながらも,実は論理則に背反した議論。 (2) 論理的真理をふまえながらも,前提となる命題の意味の多義性,曖昧さに乗じて,真とされる前提からも,とうてい真とはいえない結論を導く議論。なお歴史的に詭弁派と称されるのはギリシアのソフィストたちで,これがそのまま語源となっている。元来ソフィステス sophistēsとは賢人を意味したが,前5世紀後半からは,町から町へ巡回しながら人々に知識を授けては謝礼金を取る一群の人々をさす言葉となった。代表的な人物にプロタゴラス,ゴルギアス,プロディコス,ヒッピアスがいる。彼らの共通点は弁論術を教えることであったが,弁論に秀でることが立身出世につながった当時では,多くの青年をひきつけた。しかし後期のソフィストたちは,哲学的問題よりも真偽にこだわらないで自己に有利に弁じ立てる才能を助長し,白を黒と言いくるめるような傾向を生んだので,詭弁派と称されることになった。

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百科事典マイペディア 「詭弁」の意味・わかりやすい解説

詭弁【きべん】

自己主張,瞞着,論破・論難などの目的で行われる,一見正しそうで実は成立しない議論。英語sophism,sophistryなどは,古代ギリシアの弁論家集団ソフィスト(ソフィステス)に由来する。→虚偽パラドックス
→関連項目三百代言

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世界大百科事典(旧版)内の詭弁の言及

【公孫竜】より

…白馬は白と馬の2概念であり,馬は1概念であるから,白馬は馬と同じではない,のごとく説いた。詭弁とみられているが,名・実の概念を論理学的に追求したものと評価するむきもある。【日原 利国】。…

※「詭弁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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