日本大百科全書(ニッポニカ) 「トカラ語」の意味・わかりやすい解説
トカラ語
とからご
19世紀末から20世紀初頭にかけて、現在中国領に属する東トルキスタン、シルク・ロードが通ずるタリム盆地の砂漠から発見された7~8世紀の文献によって知られる言語。1908年、ドイツの学者ジークEmil SiegおよびジークリングWilhelm Sieglingによって解読され、印欧語に属する一言語であることが判明した。現存する資料は、ブラーフミー文字で書かれ、主としてサンスクリット語の仏典の翻訳であるが、なかには隊商のための通行許可書なども含まれている。A・B二つの方言が区別され、最近は前者を「トゥルファン方言」、後者を「クチャ方言」とも称する。早くからこの地方に進出した、チュルク系ウイグル語に吸収されて消滅したこの言語を話していた民族については不詳だが、イラン系トカラ人とはまったく別で、したがってトカラ語という名称はかならずしも適切な命名とはいえない。この言語は印欧語のなかでもっとも東方に位置するにもかかわらず、インド語、イラン語、スラブ語などを含む「サテム群」ではなく、ギリシア語、ラテン語、ゲルマン語など西方の「ケントゥム群」に属する。言語的特徴としては、子音に有声・無声、有気・無気の区別がなく、そのかわりに口蓋(こうがい)化が発達し、名詞は九つの格を区別し、語尾変化が膠着(こうちゃく)語的であるなど、特異な発達を示す反面、動詞の活用組織などに印欧語の古い相をよく保存している。ヒッタイト語とともに印欧語系の新たな言語として近年重要視されている。
[松本克己]