日本大百科全書(ニッポニカ) 「バイオニクス」の意味・わかりやすい解説
バイオニクス
ばいおにくす
bionics
ギリシア語で「生命の源」を意味するbionに、「―学」を示す接尾語icsをつけた造語で、生物の優れた機能を取り入れた機械やシステムの開発を目的とした工学の一分野である。バイオニクスの語は、1958年、アメリカ空軍のスティールJack Ellwood Steele(1924―2009)によって提案され、公式には、1960年9月、アメリカのオハイオ州デイトンで開かれた第1回バイオニクス・シンポジウムで初めて使用された。このシンポジウムが開催された背景には、第二次世界大戦後急速に発達したエレクトロニクスを中心とする技術の行き詰まりがある。人間や動物にとって何の苦もないパターン認識や柔軟な身体の動きを、当時の計算機や機械で行うのは容易ではなかった。そこで生物に学び、真似(まね)をしようという動きが出てきたといえる。しかし、期待された成果の出ないまま、1970年代になると、応用を強く意識したバイオニクスという研究は後退し、生体情報工学など、生体での情報処理の原理を解明することを目標とした研究が進められるようになった。バイオニクスが生物の情報原理を求めているのに対し、一方で、生物の構造や材料に着目して、その優れた機能を実現しようとする研究が活発に行われるようになった。これをバイオミメティックスとよんでいる。ちなみに、この用語は、1950年代後半から1960年代にかけて、生物物理学者のシュミットOtto Herbert Schmitt(1913―1998)が命名したとされている。さらに2005年ごろから、個体だけでなく、生態系としての優れた仕組みを人工的に実現しようとする研究が日本を中心に始まっている。これをネイチャーテクノロジーとよんでいる。
[鈴木良次]
『南雲仁一編『バイオニクス』(1966・共立出版)』▽『鈴木良次著「生物工学」(渡辺格編『生物学のすすめ』所収・1969・筑摩書房)』▽『石田秀輝著『自然に学ぶ粋なテクノロジー――なぜカタツムリの殻は汚れないのか』(2009・化学同人)』