パスカルの遺稿集。『瞑想(めいそう)録』の訳名もある。パスカルの死後、1670年に『宗教その他若干の主題についてのパスカル氏の思想(パンセ)』Pensées de M.Pascal sur la religion et sur quelques autres sujetsと題された初版が刊行された。遺(のこ)された断章の多くは執筆予定の『キリスト教弁証論』の覚え書きであり、断章の配列をめぐって多数の版が現れた。もっとも広く読まれてきたのはブランシュビック版(1897)であるが、現在では第一写本を優先するラフュマ版(1951)の系列が、パスカル研究の標準的刊本として認められている。『キリスト教弁証論』はキリスト教の真理性を証明し、人々を信仰へと導くことを目的としている。パスカルはこれを人間学的考察と神学的考察の二部構成で考えた。まず、無限と無の中間者である人間が、悲惨と偉大の矛盾的存在として示される。人間の悲惨は、真理や正義に対する無力や、宇宙における取るに足らぬ位置から明らかである。だが、人間は「考える葦(あし)」でもある。そこに人間の偉大と尊厳がある。人間は自分の悲惨を知るゆえに偉大であるが、悲惨を意識することで人間は救われはしない。悲惨な存在であることを忘れるために人間は気晴らしを求めるのである。こうした人間存在を前にしては、エピクテトスやモンテーニュなどの哲学者も無力である。彼らはいずれも人間の一面しかみていず、悲惨と偉大という二重性から生じる不幸を解消できない。人間の救済には、哲学のような人間学的次元から神学的次元へ進まなければならない。「人間は無限に人間を超えている」のである。こうして宗教の考察に向かったパスカルは、人間の矛盾を解き、悲惨から脱する道がキリスト教によって示されていることを明らかにしようとした。無力な理性を退け、心を尽くして神を探し求めよ、とパスカルはいう。それによって初めて、身体と精神の秩序を超えて、キリストを介して生ける神との深い内的関係が確保される「愛」の秩序へと飛躍することが可能となる、と説くのである。
[香川知晶]
『『パンセ』(前田陽一・由木康訳・中公文庫/松浪信三郎訳・講談社文庫/田辺保訳・角川文庫)』▽『田辺保著『パンセ』(有斐閣新書)』▽『前田陽一著『パスカル「パンセ」注解 1』(1980・岩波書店)』
フランスの思想家パスカルの遺著。《瞑想録》との訳語もある。彼は生前,自由思想家の主張を論駁し,読者をキリスト教の信仰にいざなうための著作を準備していたが未完に終わり,断片的なノートが残された。それをポール・ロアイヤルの人々が編集し,《宗教および他の若干の問題に関するパスカル氏の断想(パンセ)》と題して1670年に出版した。以来,現在に至るまで断片の配列を変えた各種の版が出されたが,1940年代にパスカルが著作プランを立ててそれに応じて断片を分類していたことが発見され,著作の構想をある程度理解することが可能になった。内容は2部に分かたれ,前半部では〈神なき人間の悲惨〉を示して読者に神の探究の必要性を悟らせ,後半部では聖書に依拠してキリスト教が真理であることが証明される。しかしこのような弁証の意図とは別に,《パンセ》はその文章の輝き,モラリスト的洞察の深さ,精神や言語に関する考察の非凡さによって現代の読者にも強烈な印象を与える。
執筆者:塩川 徹也
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…晩年のパスカルは病気に悩まされながら,サイクロイドの求積問題を解決して微積分学の先駆的業績をあげたり,慈善事業の資金作りのためにパリに最初の乗合馬車の会社を設立するなどの活動も行ったが,主力は《護教論》の執筆に注いだ。しかし著述は完成せず,その準備ノートだけが残され,《パンセ》として死後出版された。 パスカルの活動は多岐にわたるが,そのいずれにおいても当時の思想状況に鋭い問題提起を行っている。…
※「パンセ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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