ビーナス(読み)びーなす(その他表記)Venus

翻訳|Venus

デジタル大辞泉 「ビーナス」の意味・読み・例文・類語

ビーナス(Venus)

ローマ神話の菜園の女神ウェヌスの英語名。のち、ギリシャ神話の美と愛の神アフロディテと同一視された。
金星きんせいのこと。

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精選版 日本国語大辞典 「ビーナス」の意味・読み・例文・類語

ビーナス

  1. ( [英語] Venus )
  2. [ 一 ] ギリシア神話の愛と美の女神アフロディテのラテン名ウェヌスの英語読み。多くの場合キューピッドを伴った裸体の女性として表現される。ボッティチェリの「ビーナスの誕生」、ヘレニズム期の「ミロのビーナス」などが有名。また転じて、美女をいう。
    1. [初出の実例]「よしんばウビイナス〔弁天さま〕を見たからっても」(出典:当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉一〇)
  3. [ 二 ] 金星。
    1. [初出の実例]「金星(ヴィーナス)の純潔とは一つの逆説である」(出典:美しい星(1962)〈三島由紀夫〉二)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ビーナス」の意味・わかりやすい解説

ビーナス
びーなす
Venus

ギリシア神話の女神アフロディテAphroditeがローマ神話のウェヌスVenusと同一視され、それが英語に移されたもの。古来から美しい女性の象徴として絵画や彫刻の主題に多く取り上げられてきている。

[前田正明]

彫刻

もともと豊饒(ほうじょう)と再生という原始信仰に基づく小アジア系の大地母神イシュタルアシュタルテの影響から生まれ、ギリシア各地に伝播(でんぱ)され信仰された女神である。したがって、キクラデスの偶像やキプロス出土のきわめて初期の像では、女神のほとんどすべてが、胸部と下腹部を誇張した、全裸の姿で表されている。しかし、紀元前7世紀後半から前6世紀末にわたるギリシア美術のアルカイック期においては、イオニア風のキトンをまとい、片手に女神の象徴的持ち物であるハトやリンゴを持つつつましい姿に変わる。この着衣と裸体の二つの相異なる表現は、女神の特性を跡づけ、その変遷を理解するうえで興味深い問題である。プラトンが『饗宴(きょうえん)』のなかで女神の具有する特性を「ウラニア」(天上的な)と「パンデモス」(地上的な)とに分けているように、ビーナスは一方において清楚高邁(せいそこうまい)な天上の女神でありながら、他方では官能的な愛欲の女神である。有名なルドビージの玉座の正面浮彫りは『アフロディテ・アナデュオメネ』(海から出るアフロディテ)を表し、その両側面に、ベールで身を包み香をたくつつましい女神の姿と、全裸で楽しげに笛を吹く悦楽の女神の姿が刻まれている。

 古典前期の前5世紀には、女神は他の神々と同様、高貴な精神に貫かれた厳正な姿で表されたが、この世紀の末には、薄い衣を透かして女神の肉体の美しさを表現した、いわゆる『ウェヌス・ゲネトリクス』(豊饒の女神)の像が制作された。女神を天上的な神性から地上的な美のなかに表現した最初の彫刻家は、前4世紀(古典後期)の巨匠プラクシテレスである。彼の有名な『クニドスのアフロディテ』は、女神を全裸の姿で表現した最初の傑作で、ここにおいて女神は人間感情の対象となり、その優美な姿は以後のビーナス像の原型とされた。さらにヘレニスティック期に至るとしだいに地上的・現実的となり、ドイダルセスDoidalsesの『うずくまるビーナス』や、水に映る自分の後ろ姿に見入る作者不詳の『美しい尻(しり)のビーナス』などが制作された。ビーナス像は官能の悦(よろこ)びに酔う自由奔放な姿態となり、ついには男女両性(ヘルメスとアフロディテ)を具有したヘルマフロディトスHermaphroditosの像が制作されるに至った。また、これらの極端な官能美の追求に対し、古典様式への復帰の機運が高まり、『ミロのビーナス』や『メディチのビーナス』が制作されるなど、この時代はビーナス像において美術史上まれにみる多様な発展を示した。ローマ時代のビーナス像は、このヘレニスティック期の様式を踏襲発展させたものである。

[前田正明]

絵画

ビーナスを描いたギリシア絵画の原作は残存せず、ポンペイその他から出土したローマ時代の絵画中に若干みいだされるにすぎないが、絵画にみられる女神像も、初期の時代には、おそらく彫刻と同様な発展を示したと推定される。たとえば、前4世紀のものとされる鏡箱の蓋(ふた)(ロンドン、大英博物館)に線刻された牧神パンと遊ぶアフロディテは、上半身の衣を脱ぎ豊かな胸部をあらわにしているし、ポンペイ出土のフレスコでは全裸で表されている。女神を全裸の美しい姿で表すという表現形式は、ヘレニスティック期以後しだいに一般化し、ローマ時代はもちろん、禁欲的な中世キリスト教世界においても「創世記」のイブなどの像を通して受け継がれていた。

 古代復興の機運が高まった14、5世紀になると、女神はかつてヘレニスティック期の彫刻にみられたように、ルネサンス絵画のなかにふたたびその優美と官能の姿を発展させた。ボッティチェッリの名作『ビーナスの誕生』(フィレンツェウフィツィ美術館)はアフロス(海の泡)から生まれた女神が貝に乗って西風に送られてキプロス島に運ばれ、そこでホーラ(季節の女神)によって美しく装われて神々の座に導かれたという誕生譚(たん)を描いている。中央に立つ女神は清純な処女の美しさを思わせるが、このポーズはフィレンツェのメディチ家に伝わるビーナス、すなわちヘレニスティック期のいわゆる「ウェヌス・プディカ」(恥じらうビーナス)型を示している。これに対し、港湾商業都市として繁栄したベネチアでは現実生活へのあこがれがいっそう強く、女神は官能美の対象として表現された。たとえばジョルジョーネは『眠れるビーナス』で自然の大気の中で花のような肉体を画面いっぱいに横たえた姿を描き、ティツィアーノは『ウルビーノのビーナス』や『ビーナスとキューピッド』などで豊満な肉体をベッドに横たえる姿のビーナスを多く描いている。このような傾向は時代が進むにつれていっそう顕著になっている。

[前田正明]


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改訂新版 世界大百科事典 「ビーナス」の意味・わかりやすい解説

ビーナス
Venus

ローマの女神ウェヌスVenusの英語名。ウェヌスはもとはローマの菜園を守る小女神であったが,のちにギリシアの女神アフロディテと同一視され,愛と美をつかさどる女神の総称となった。

ビーナスの原型およびビーナスにまつわる神話は,太古の地母神崇拝に起源をもっている。植物を生ぜしめる大地を地母神(大母神)とみなす思想は,古代世界各地に見られる。そのような思想を美術的に表現した地母神像として有名なものには,旧石器時代にさかのぼる〈ウィレンドルフWillendorfのビーナス〉や〈レスピューグLespugueのビーナス〉があり,他にも同種のものが無数に出土している。それらの多くは大きな乳房,太い腰によって母性であることが強調されており,しばしば様式化された性器が示されている。このような裸体女人像はメソポタミア,小アジア,インドからきわめて多く出土し,その分布はユーラシア大陸の大部分にわたるといわれる。

新石器時代後期に,この地母神崇拝から特定の女神の崇拝が派生し,のちにこれに一連の神話が付け加えられ,この女神は特定の名をもつようになった。今日知られている最古の〈ビーナス神話〉はシュメールの女神イナンナInannaと男神ドゥムジに関するもので,《イナンナの冥界下り》と呼ばれているシュメール語文書が最も詳しくこの神話を伝えている。これはもとは総計400行以上あったと推定される複雑な構成をもつ物語で,イナンナが冥界に下りて地上に戻れなくなり,ドゥムジ(ここではイナンナの夫)が身代りに冥界に連れてこられ,それを求めてドゥムジの姉ゲシュティンアンナが冥界へ下るというテーマを含んでいる。この神話はバビロニアアッシリアへ伝えられ,アッシリア語文書《イシュタルの冥界下り》では,女神イシュタルが男神タンムズ(シュメールの〈ドゥムジ〉がなまったもの)を探し求めて冥界へ下る物語(約140行)となっている。イナンナ=イシュタルを地母神,ドゥムジ=タンムズを大地の所産である植物の神とする見解に従えば,冬季に入って地下に消えた植物神を母である女神が探し求めるという神話とみなすことができる。この神話は初期メソポタミアで漸次明確な形をとり,のちにシリア,東地中海地方に広がった。この女神はシリア,フェニキアではアスタルテ,アシュタロトと呼ばれ,本来の地母神的性格は薄くなり,愛と美の女神としてしばしば裸身の処女の姿で表現された。天体神としても性を支配する金星を代表し,その神殿は男女の交歓の場となった。

この女神はキュテラ島あたりを経由してギリシアに伝えられ,アフロディテと名を変えた。この名の語源は明らかでないが,〈泡〉を意味するギリシア語〈アフロスaphros〉に由来するとの民間語源説から,海の波間から生まれるビーナス=アフロディテという新たな神話が生じた。アフロディテ像はしばしば現実の美女をモデルにして制作され,〈ミロのビーナス〉をはじめとする多くのビーナス像がギリシア彫刻あるいはローマ時代の模作によって今日に伝えられた。アフロディテに関する神話の一つは〈アドニス神話〉で,メソポタミアの〈タンムズ神話〉の変形とみなされる。ここでは美少年アドニスをめぐってアフロディテおよびペルセフォネ(あるいはデメテル)が争い,結局2人が半年ずつアドニスと過ごすが,アドニスはイノシシによって殺され,その血からアネモネが咲き出たとされる。〈アドニス〉の名は西セム語のアドンAdon(〈わが主〉の意)から出たもので,またアネモネとのつながりは,春先に東地中海地方でアネモネがいっせいに開花するからとも,レバノン山脈から流れ出る川がこの時期に赤紅色に変色するからともいわれる。

 この神話はローマに入り,女神はウェヌスと名を変えるとともに,オウィディウスやアプレイウスらの文人の手によって,愛の女神としての官能的性格が強調されるようになった。ギリシア時代の一時期には着衣で表されたビーナス像は,ローマではほとんど全裸で表され,またギリシア彫刻の秀作の模作も多数作られ,宮殿などを飾った。4世紀初めにキリスト教が公認されると,ビーナスはキリスト教に敵対する異教の神々の一つとみなされた。しかしルネサンス期には,ギリシア・ローマへの関心がよみがえり,ボッティチェリ《ビーナスの誕生》,ジョルジョーネ《眠れるビーナス》,ティツィアーノ《湯浴みするビーナス》など,ビーナスを主題とする多くの名画が生まれた。さらに近代・現代の絵画・彫刻においては,ビーナスの名のもとに多くの裸体表現を生み,ビーナスは多くの場合,裸体の美しい女性の代名詞となっている。(図)
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百科事典マイペディア 「ビーナス」の意味・わかりやすい解説

ビーナス

ローマ神話の愛の女神ウェヌスVenusの英語読み。ギリシア神話のアフロディテにあたる。広義には,先史時代の地母神,豊穣と生殖にかかわる古代の女神一般,イナンナ,イシュタルアスタルテなどを含む。俗用では美女の代名詞。美術上の主題として古代ギリシア,ローマ,さらにルネサンス以降好んで取り上げられた。単独で表現される場合と,クピド(アモル,キューピッド)を従える場合とあり,また持物の真珠,鳩,鏡等を添えることも多い。彫刻では,古代ギリシアの《ミロのビーナス》《シュラクサイのビーナス》,絵画では,ボッティチェリの《ビーナスの誕生》,ティツィアーノの《ビーナスとアドニス》等が有名。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ビーナス」の意味・わかりやすい解説

ビーナス[メディチ]
Venere de' Medici

メディチ家旧蔵のアフロディテ像 (フィレンツェ,ウフィツィ美術館) 。ヘレニズム時代の原作のローマ時代模刻 (大理石,高さ 1.53m) 。台座にアポロドロスの子クレオメネスの銘があるが,これは今日認められていない。ギリシアの彫刻家プラクシテレスの『クニドスのアフロディテ』の系統をひく作品。

ビーナス


ビーナス[アルル]
Vénus d'Arles

南フランス,アルル出土のビーナス像。前4世紀のギリシアの彫刻家プラクシテレスの『テスピアイのアフロディテ』をローマ時代に模刻した像とされている。原作は前 360年頃。ルーブル美術館蔵。

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世界大百科事典(旧版)内のビーナスの言及

【アフロディテ】より

…ギリシア神話の恋愛と美の女神。ローマ神話のウェヌスVenus(英語読みでビーナス)にあたる。ホメロスによれば,ゼウスとディオネDiōnēの娘。…

【アフロディテ】より

…ギリシア神話の恋愛と美の女神。ローマ神話のウェヌスVenus(英語読みでビーナス)にあたる。ホメロスによれば,ゼウスとディオネDiōnēの娘。…

※「ビーナス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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