イタリアの画家。フィレンツェ生れ。父は皮なめし業を営む。1462ころ-67年,当時プラートにあったフィリッポ・リッピの工房で徒弟として修業。70年にはフィレンツェ市内で独立した工房を構え,70年代前半にはしだいに制作依頼が増えてきたもようである。この時期は,ベロッキオの影響を感じさせる繊細な写実主義を示している。70年代には,一般にこの時代の作とされる3点の《三博士の参拝》(ロンドンのナショナル・ギャラリーの2点,およびウフィツィ美術館のいわゆる《ラーマ家の礼拝》)制作を通じて,写実と理想との均衡のとれた様式と,盛期ルネサンス絵画を予告する端正な求心的構図法とを確立する。そのような様式の頂点に存在するのが,《春》(1478ころ),《ビーナスの誕生》(1485ころ)など,一連の神話画である。これらは,他の追随を許さない精妙な描線と洗練された色彩が生む完璧な視覚美によって,彼の代表作であると同時に,西洋美術史上最も人々に愛好される作品となっている。さらにこの2作品は中世以来最初の異教的主題の大画面である点で特異であり,15世紀という時点でそれが可能であったのは,ボッティチェリが神話画において単に神話的情景を描くことだけを目的としておらず,新プラトン主義の視覚化を試みているゆえであろう。
81-82年,教皇シクストゥス4世に招かれてローマに赴き,バチカンのシスティナ礼拝堂壁画を他の画家たちと競作し,名実ともに一流画家としての地位を固めてゆく。フィレンツェ帰還後も,市庁舎内の壁画やロレンツォ・イル・マニーフィコの個人的依頼など重要な注文は後を絶たなかったが,そのかたわらで,80年代後半以降,しだいに感情的表現の濃厚な,均衡を欠いた様式になってゆく(《受胎告知》1490)。次いで90年代に帰せられる作品には,激しい動感,刻みこむような描線,強烈な色彩などの目だつ,悲壮な雰囲気のものが多い。多くの研究者たちはこの変化の原因を,ボッティチェリがサボナローラの教えに帰依したことに見いだしている。1501年には,唯一の年記と署名入りの作品である《神秘の降誕》でイタリアの動乱の時代に対する憂慮と来るべき平和に対する期待を表明した。ロレンツォ・ディ・ピエルフランチェスコ・デ・メディチの依頼によって,おそらく1480年代から描きつづけてきたと思われるダンテの《神曲》挿絵素描の最後の部分もこのころの制作になるものであろう。しかし,そのほかには没年までの活動は記録されておらず,バザーリは病身の晩年を送ったと記している。明瞭な描線を主体とするボッティチェリの様式は,レオナルド・ダ・ビンチやラファエロなどの柔らかな16世紀的描法とは正反対のものであり,新しいものを求める当時の顧客の関心を引かなくなっていた。その意味で彼は15世紀の終末とともに姿を消すべく運命づけられた画家であったといえよう。
執筆者:鈴木 杜幾子
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1444/45~1510
イタリア初期ルネサンスの画家。フィレンツェで生没。フィリッポ・リッピに師事し,ヴェロッキオの工房ともかかわる。ロレンツォ・デ・メディチ支配下のフィレンツェの代表画家として,優美で洗練された装飾的・線的画風で一世を風靡(ふうび)した。メディチ家周辺の人文主義者たちと親交を持ち,「春」や「ヴィーナスの誕生」など異教的主題を手がけるのみならず,聖母子など宗教画も多く描き,甘美かつ抒情的で哀愁を帯びた女性像を創造した。90年代以降,サヴォナローラの宗教的影響を強く受けて,硬質で神秘的な画風へと一変する。フィレンツェの政治的混乱のなか,晩年はダンテの『神曲』挿絵制作に没頭し,不安感に満ちた「神秘の降誕」を最後に画業を絶った。代表作は上記のほかヴァチカンのシスティナ礼拝堂壁画,「東方三博士の礼拝」「ザクロの聖母」「マニフィカートの聖母」など。
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…西欧世界の全面的なキリスト教化によって,ギリシア神話の神々は宗教的崇拝の対象としては死滅するが,前掲資料にとどめられた彼らの形姿はさらに後世に生きのび,とくにルネサンス以降は現在に至るまで文学,美術,音楽の分野で創造的な影響を及ぼしつづけている。ごく一部のとくに顕著な例にとどめるが,美術ではボッティチェリ,ティツィアーノ,ルーベンス,ベルニーニ,文学ではダンテ,ミルトン,ラシーヌ,ゲーテ,現代ではサルトル,コクトー,T.S.エリオットを,音楽ではグルック,ベートーベン,オッフェンバック,R.シュトラウスを挙げることができよう。 ギリシア神話についての解釈もギリシア自身に始まる。…
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