ピンチョン(読み)ぴんちょん(その他表記)Thomas Ruggles Pynchon

デジタル大辞泉 「ピンチョン」の意味・読み・例文・類語

ピンチョン(Thomas Pynchon)

[1937~ ]米国の小説家。大学で応用物理学や文学を学び、航空宇宙会社勤務を経て小説家デビュー。量子力学生物学文化人類学・大衆文化史などの知識を織り交ぜながら、現代社会閉塞感を描く。作「V.」「重力の虹」「メイスン‐アンド‐ディクスン」「逆光」など。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ピンチョン」の意味・わかりやすい解説

ピンチョン
ぴんちょん
Thomas Ruggles Pynchon
(1937― )

アメリカの小説家。ニューヨーク州グレン・コーブ生まれ。家系はマサチューセッツ西部丘陵地帯の植民者ウィリアム・ピンチョンにさかのぼる名門。コーネル大学物理工学科に16歳で入学。途中海軍に入隊したが、復学して英文科に在籍し創作を始める。一時シアトルのボーイング社に勤務するが、その後メキシコに渡ってからの足どりは不明。公の場に現れず、顔写真も公表していない隠遁(いんとん)作家である。

 『V.(ブイ)』(1963)、『競売ナンバー49の叫び』(1966)、『重力の虹(にじ)』(1973)と、大作・野心作を次々と発表し、現代アメリカの最重要作家の一人との評価を固めながら以後完默。『ヴァインランド』(1990)で熟成したユーモア=サタイア作家として再登場し、『メイソン&ディクソン』(1997)でピンチョン文学のスケールの大きさを認識させた。

 早くは、エントロピー的世界観から終末を描く作家として、ヘラーボネガットとともにブラック・ユーモア作家とよばれ、また反リアリズムの旗手としてバース、バーセルミらとともに論じられもしたが、『重力の虹』以降その百科全書的知の全貌(ぜんぼう)と歴史の現実を引き受けるテーマの大きさが認識されるに及んで、ジョイスメルビルとも比肩されるに至った。

 彼の作品に投入される「知」は、熱力学、量子力学、微積分学、統計学、情報理論、工学、化学、生物学、薬学、心理学、精神分析学、オカルト=超心理学、文化人類学、宗教学、政治社会学、歴史哲学、言語哲学から、古代神話、映画史、音楽史、大衆文化に及ぶ。それら混然とした概念とイメージは、隠喩(いんゆ)的に結ばれ合って、読者の心に西洋文明の破壊的構造を刻んでいく。

 1960年代と80年代のカリフォルニアを横断する『ヴァインランド』と200年前の建国期を舞台にした『メイソン&ディクソン』では、より秩序づけられた語りによってアメリカ文明の深層が探求されている。

[佐藤良明]

『志村正雄訳『競売ナンバー49の叫び』(1992・筑摩書房)』『志村正雄訳『スロー・ラーナー』(1988・筑摩書房)』『佐藤良明訳『ヴァインランド』(1998・新潮社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「ピンチョン」の意味・わかりやすい解説

ピンチョン
Thomas Pynchon
生没年:1937-

アメリカの作家。1958年コーネル大学卒業。現在までのところ《V.》(1963,フォークナー賞受賞),《競売品49番の叫び》(1966),《重力の虹》(1973)の3編の小説と1冊の短編集があるだけであるが,長編作品はいずれも賞を受け,高く評価されている。しかし,ジャーナリズムに顔を見せたことは絶えてなく,どこに住んでいるのかも明らかでないという稀有な作家である。《エントロピー》(1966)と題された短編小説にみられるように,その作品はしばしば現代科学,テクノロジーの概念をメタファーとして巧みに利用しつつ終末論的世界観を展開していく。《V.》は19世紀末から現代にいたる欧米文明の崩壊過程を1人のイギリス人と1人のアメリカ人を通して考察する。《競売品49番の叫び》は1960年代半ばのカリフォルニアの人妻の冒険が,17世紀ヨーロッパから現代アメリカにおよぶコミュニケーション地下組織の存在を感知させる。《重力の虹》は第2次大戦中のドイツV兵器をテーマに,時間的にも空間的にも奔放に想像力を飛翔させる作品である。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ピンチョン」の意味・わかりやすい解説

ピンチョン
Pynchon, Thomas

[生]1937.5.8. ニューヨーク,グレンコーブ
アメリカの小説家。写真もほとんどなく,生活が謎につつまれている伝説的な作家。コーネル大学在学中に学んだ科学的,哲学的思考方法を,豊かな創作の才能で巧みに生かし,幻想ブラック・ユーモアを用いたシュルレアリスム的な作風のために,K.ボネガット,J.バース,B.J.フリードマンなどとともに,「ニュー・ライターズ」の一人に数えられている。小説『V』V (1963) ,『競売ナンバー 49の叫び』 The Crying of Lot 49 (66) ,『重力の虹』 Gravity's Rainbow (73,全米図書賞) は,いずれも,不確定性原理やエントロピーなどの物理学の見方に支えられており,事物の正確な認識は不可能であり,われわれの住むこの世界は秩序から混沌に向って不可逆的に進んでいるという彼の世界観を示す難解で野心的なものである。

ピンチョン
Pynchon, William

[生]1590?
[没]1662.10.29. イギリス,ウィンザー付近
アメリカのマサチューセッツ湾植民地の交易商人,行政官。 1630年にイギリスから同植民地に移住し,32~36年同植民地政府の財務を担当。インディアンとの毛皮交易で産をなし,西部コネティカット川流域への移住を促進した。スプリングフィールドを中心に活動し,行政に力を尽して 52年春頃本国へ帰国。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「ピンチョン」の意味・わかりやすい解説

ピンチョン

米国の作家。メディアに対して完全に姿をくらまし,私生活をまったくあかさない。寡作だが大作指向の作品群は,処女作《V.》(1963年)以来,一種幻想的で暗いユーモアをそなえた独特の難解な文体,プロットの錯綜する複雑な構成,多種多様な要素を内包した,時間的空間的にスケールの大きなストーリーによって,米国の,ひいては西洋文明の歴史と現在をめぐる主題を一貫して追求している。ほかに,都市郊外の若い人妻の探究ロマンス《競売ナンバー49の叫び》(1966年),第2次世界大戦のドイツ軍ロケット兵器をめぐる《重力の虹》(1973年),1960年代政治運動を再考する《バインランド》(1989年),18世紀に題材を取った《メーソン&ディクソン》(1997年)など,いずれも現代文学において最重要な作品群である。
→関連項目アービング

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android