改訂新版 世界大百科事典 「フェルマーの大定理」の意味・わかりやすい解説
フェルマーの大定理 (フェルマーのだいていり)
Fermat's last theorem
P.deフェルマーはバシェBachet版のディオファントス著作集の余白に,次の命題〈nが3以上の自然数のときには,不定方程式,
xn+yn=zn
はxyz≠0であるような整数解をもたない〉の驚くべき証明を発見したが,その証明を記すにはこの余白は狭いという意味のことを書いた(1637年ころ)。この命題は,フェルマーの大定理,あるいは最終定理と呼ばれる。この不定方程式のn=2の場合の解はピタゴラス数と呼ばれ,ギリシア時代から無限に存在することが知られており,この命題とは著しい対比をなしている。
この命題はその単純さとフェルマーの謎めいた記述のため多くの人々の興味をひいてきた。多くの優れた数学者たちの努力にもかかわらず,近年まで未解決のままで,フェルマーの問題と呼ばれていた。しかし1994年,アメリカのワイルスAndrew Wiles(1954- )によりついに350年来の問題に終止符が打たれた。
定理の証明は,容易にn=4の場合とnが奇素数の場合に帰着される。n=4の場合はフェルマー自身が証明を書き残しており,n=3,5,7については,それぞれ,L.オイラー,A.M.ルジャンドル,ラメG.Laméにより証明された。その後,多くの試みがなされたが,もっとも重要な寄与をしたのは,E.E.クンマーである。有理数体に1のべき根を添加して得られる体を円分体というが,クンマーはこの問題と円分体の整数論との関係を見いだし,多くの重要な結果を示した。その一つとして,素数pがベルヌーイ数B2,B4,……,Bp-1の分子を割らなければ,n=pについて定理は正しいことを示した。この結果を改良することにより,1980年ころ,12500より小さい素数については正しいことが分かっていたが,一般的な証明の見通しはなかった。
1985年,G.フライはこれまで用いられたものとまったく異なった方法を提示した。nが奇素数pのとき,フライは方程式xp+yp=zpが整数解(u,v,w)を持ったとして,それから楕円曲線
Y2=X(X-up)(X+vp)
を考え,これが,奇妙な性質を持つことを注意した。さらに,谷山・志村予想によればこの楕円曲線に対応する保型形式が存在するが,そのような保型形式は存在しそうもない,従って,フェルマー予想が示されるのではないかという提案をした。その後,このプログラムの谷山・志村予想を除いた部分はK.リベットにより証明され,問題は谷山・志村予想に帰着された。
谷山・志村予想は楕円曲線(Y2=aX3+bX2+cX+dで与えらる曲線は楕円曲線と呼ばれる)と,保型形式(複素上半平面上の正則関数で合同部分群に関してある不変性を持つもの)という,一見関係のない二つのものが,ゼータ関数を媒介として精密に対応しているというものである。1955年ころ,谷山豊(1927-1958)がその端緒を見いだし,志村五郎(1930- )が正確に定式化した。深く重要な予想であるが,証明の手がかりさえ見いだされていなかった。
ワイルスは,楕円曲線と保型形式を比較するのに,それらから得られるガロア群の表現およびその変形を比較するという画期的アイデアを考えだし,それまで数十年にわたり発展してきた保型形式論における多くの重要な結果を用いて,半安定semi-stableな楕円曲線に対して,谷山・志村予想を証明することに成功した。フェルマーの問題に現れる楕円曲線は半安定であり,これによりワイルスはフェルマーの大定理の証明を完成した。
→代数体の整数論
執筆者:斎藤 裕
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報