日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ブラック・ライブズ・マター
ぶらっくらいぶずまたー
Black Lives Matter
アメリカで始まった黒人差別反対運動。BLM運動。「黒人の命は大切」「黒人の命も大切」などと訳される。2012年にアメリカ・フロリダ州で黒人少年が警察官に撃たれて死亡した事件で、容疑者が無罪となったことを機にこの表現が使用され始めた。ただ、この運動が世界的に認識されるようになったのは、2020年5月にミネソタ州ミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドGeorge Floyd(1973―2020)が警察官に殺害された事件からである。全米や日本を含む世界各地で警察の暴力を批判するデモが相次ぎ、人種差別反対運動を象徴するスローガンとして広く浸透した。
にせドル札の使用容疑により手錠をかけられたフロイドが、「呼吸ができない、助けてくれ」と懇願していたにもかかわらず、警官は実に8分46秒間もの間、フロイドののどを膝で強く押さえ付け、死に至らせた。この事件の映像はソーシャルメディアでアメリカ全土、さらには世界中に広がっていった。あまりにも残忍なやり方で最期を迎えることとなった状況に対する憤りが大きいゆえに、黒人男性だけでなく、人種や性別、さらには国籍を超えたさまざまな人々が「なんとかしないといけない」と立ち上がり、反対運動が大きくなった。
BLM運動の背景には、人種をめぐる複雑な意識というアメリカが抱えてきた長年の問題があるのはいうまでもない。
1950年代から1960年代にかけての公民権運動は法的な平等を求める運動だった。南部諸州では奴隷解放後も黒人は宿泊、水飲み場やトイレの使用なども分離されていたほか、「識字テスト」や納税の有無による投票制限も受けていた。この差別を打ち破ったのが、キング牧師らが中心となって人種差別撤廃を求めた公民権運動である。運動の結果、1964年に公民権法、翌1965年に投票権法が成立した。
それからすでに半世紀以上たっているが、「平等」とはほど遠いのが現状だ。とくに、特定の人種に対して先入観や偏見をもって職務質問し、取り締まる「レイシャル・プロファイリング(racial profiling)」という差別そのものの慣習が警察では続いてきた。「相手が黒人だから」と人種差別的な意識から過剰な権力行使を行っている可能性が大きく、その結果、黒人は白人に比べて投獄される割合が高い。
警官のすべてが差別的であるというわけではまったくないが、法執行の世界では「心の問題」として差別が構造化されてきた。「治安維持」は州知事や市長にとっては選挙のための有効な公約となっているため、全米の主要都市の警察予算は他の政策の予算よりも増え続けてきた。黒人側にとっては摘発される恐怖がさらに大きくなっている。警察に対する不満が高まるなか、警察側には「不満をもつマイノリティがより過激化する」という意識が広がっていく。黒人に対する警官側の態度もさらに乱暴になっていくという悪循環となっている。
この構造的人種差別(structural racism)、あるいは制度化された人種差別(systemic racism)といわれる状態をいかに克服するかがBLM運動の目標にある。2020年の事件のミネアポリス警察については、より市民に寄り添った形の運営に根本的に警察をつくりかえる形で改革が進んだ。差別的な警官についての情報共有や、ボディカメラや車載カメラによる現場の撮影の徹底、逮捕時に容疑者の首を圧迫しての制圧(チョーク・ホールド)の禁止や、無予告の家宅捜索(「ノックなし令状」)をやめさせるなどの改革が進んでいる。アメリカでは各地の自治体が独自の権限で警察を運営しているため、全米で統一した対応ではないが、それでも大きな変化である。
かつては奴隷制が存在していたアメリカ社会にとっては、人種差別意識は、歴史上の最大の汚点であるが、同時にこれを克服することは最大の目標でもある。キング牧師とともに公民権運動を引っ張り、2020年7月に亡くなった議員ジョン・ルイスJohn Robert Lewis(1940―2020)が「BLM運動は自分がかかわった運動よりも大規模でさまざまな人が参加している」と亡くなる直前にテレビのインタビューなどで語ったのは、時代を超えた二つの運動をつなぐ視点として示唆的である。
[前嶋和弘 2021年6月21日]