日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘファイストス」の意味・わかりやすい解説
ヘファイストス
へふぁいすとす
Hephaistos
ギリシア神話の火と鍛冶(かじ)の神。普通、ゼウスとヘラの子とされるが、もともとはエーゲ海から小アジアの火山地帯と関係する火山の神であった。火山の奥底には火の神の仕事場があると考えられていたところから、彼は鍛冶と工芸の神となり、魔法のような技術から不思議な神力をもつ道具や武具、工芸品などをつくりだした。また彼は生まれつき片足が悪かったので、生母のへラはこれを嫌って彼をオリンポスから下界へ放り出した。海中に落下したヘファイストスは、海の女神テティスとエウリノメに救われ、9年間海中の洞窟(どうくつ)で育てられたが、このころからいろいろな工芸品をつくり始めたという。またホメロスによれば、ゼウスとヘラがヘラクレスについて争ったとき、ヘファイストスはヘラに味方をしたので、ゼウスは彼の足をつかんでオリンポスから投げ下ろしたという。彼は一日中落下し続けたあとレムノス島にたたきつけられ、このときから片足が悪くなったともいわれている。
なお、彼の本拠地ともいうべき仕事場はこのレムノス島にあったといわれ、のちにはリパラ、ヒエラ、アイトナ(エトナ)などの火山にまで拡散していく。ホメロスでは、ふたたびオリンポスに戻った彼は天上に仕事場をもち、神々の神殿をつくったり、テティスの息子アキレウスのための新しい武具をつくった。彼の妻はカリス、あるいはアフロディテとされるが、彼は美しい女神のアフロディテとその情人である軍神アレスが密会しているところを巧妙な仕掛けで捕らえ、オリンポスの神々に見物させたとも伝えられている。ローマ神話では、バルカヌス(ウルカヌス)Vulcanusがヘファイストスと同一視されているが、もともとこの神には鍛冶や工芸の神という面はなかった。英語名はバルカンVulcan。
[伊藤照夫]