日本大百科全書(ニッポニカ) 「ペルッツィ」の意味・わかりやすい解説
ペルッツィ
ぺるっつぃ
Baldassare Peruzzi
(1481―1536)
イタリアの建築家、画家。シエナ出身であるが主としてローマで活躍した。3月7日受洗、1月6日ローマで没した。初期の修業は不明であるが、ピントリッキョのもとで画業を学んだと思われ、1501年シエナ大聖堂内のサン・ジョバンニ礼拝堂の天井画装飾に参加している(消失)。03年ごろローマに出、バチカン宮やサン・オノフリオ聖堂などで壁画を制作。09~11年にはアゴスティーノ・キジ(シエナの銀行家)のために別荘を建て、その壁画を制作した(この別荘はのちにファルネーゼ家の所有となったのでファルネジーナとよばれる)。U字形プランの簡潔なルネサンス様式の建物で、その「遠近法の間」には彼の舞台背景画の知識がよく発揮されている。ブラマンテの助手としてサン・ピエトロ大聖堂の建設に参加、20年にはその準主任建築家となる。27年のローマ劫掠(ごうりゃく)のとき捕虜となり、いったんシエナに帰ったのち、31年サン・ピエトロの主任建築家となった。この時期の代表作がパラッツォ・マッシモ・アレ・コロンネ(1532/35ころ着手)で、曲面のファサードや片蓋(かたふた)柱と円柱の独自の構成などに、マニエリスム的特徴がすでに認められる。
[篠塚二三男]