ボバリー夫人(読み)ぼばりーふじん(英語表記)Madame Bovary

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ボバリー夫人」の意味・わかりやすい解説

ボバリー夫人
ぼばりーふじん
Madame Bovary

フランス小説家フロベールの長編小説。副題「地方風俗」。1857年刊。執筆に5年を費やした刻苦の処女作であり、作者の代表作と目される。凡庸な田舎(いなか)医者シャルル・ボバリーの妻エンマは多情多感で夢想的な性格なので、夫に飽き足らず、独身の地主ロドルフ、ついで公証人役場書記レオンを相手に情事を重ねるが、夫に内緒の借金がかさんだあげく進退窮まり、ついに砒素(ひそ)を飲んで自殺する。当時としては驚くべき赤裸々な描写で女主人公行状を叙したこの小説は、雑誌に分載中から注目を浴び、1857年1月、作者は風俗壊乱かどで起訴されたが、結局無罪となった。この事件は作者の名を一躍文壇に高からしめたが、この作品の真価はむしろ厳しい文体上の彫琢(ちょうたく)と緊密な構成とともに、抽象名詞を連ねた従来の心理小説とは違って、作中人物の心理を彼らの独白や会話や行為のうちに冷徹な目で記録しようとする仮借ない客観性にあり、フランス写実主義小説の最初の傑作とみなされる。一方「ボバリー夫人は私だ」という作者のことばが示すように、主人公エンマは作者の若き日の夢想を共有し、作者の感受性によって内面から生かされているために、単なる風俗小説からは得られない深い共感読者の心に呼び起こさずにはいないのである。

[山田 

『伊吹武彦訳『ボヴァリー夫人』(岩波文庫)』『杉捷夫訳『ボヴァリー夫人』(『世界文学全集 第28巻』所収・1966・筑摩書房)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ボバリー夫人」の意味・わかりやすい解説

ボバリー夫人
ボバリーふじん
Madame Bovary

フランスの小説家ギュスターブ・フローベールの小説。 1856年『パリ評論』に発表,翌年刊。実直で平凡な田舎医者の妻エンマ・ボバリーが主人公。実際に起った姦通事件を素材にし,人物や事物の描写においては作者の主観をできるだけ排除し,文体も簡潔で,高い完成度を示し,フランス写実主義小説の古典とされている。発表当時,風俗壊乱と宗教冒涜との非難を受け起訴されたが,無罪となった。

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