デジタル大辞泉
「ボベ」の意味・読み・例文・類語
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ボベ
ぼべ
Daniel Bovet
(1907―1992)
イタリアの生理学者。スイスのヌーシャテルに生まれる。ジュネーブ大学で医学を修め、1927年卒業。同大学生理学研究所で研修し、1929年パリのパスツール研究所に入る。1933年、フルノErnest Fourneau(1872―1949)を指導者とする、自律神経系の神経興奮伝達物質アセチルコリン、アドレナリンに対する拮抗(きっこう)物質の共同研究に参加。1937年にプロントジルの化学構造と抗菌作用の関係を追究、分解物スルファミンの抗菌作用を発見した。1947年ローマの衛生学研究所治療化学教授となり、合成子宮薬、合成クラーレ様物質に関する研究を行う。1957年「クラーレにかわる合成筋弛緩(しかん)剤の化学生理学的研究」によりノーベル医学生理学賞を受ける。
[根本曽代子]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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ボベ
Bovet, Daniel
[生]1907.3.23. ヌーシャテル
[没]1992.4.8. ローマ
イタリアの薬理学者。両親はフランス人。ジュネーブ大学に学び,1932年からパリのパスツール研究所に入り,37年化学療法研究部部長。 47年ローマ衛生研究所の薬理学部長となり,イタリアに帰化した。 G.ドマークのサルファ剤プロントジルの発見に着目,みずからもスルファニルアミドを開発,またアレルギーとヒスタミンの関連に目を向け,44年,最初の抗ヒスタミン剤であるピリラミンを発見した。さらに 47年,矢毒のクラーレの合成品を研究し,ガラミンなどの筋弛緩剤を発見した。これらの業績で,57年のノーベル生理学・医学賞を受けた。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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ボベ
スイス生れの薬学者。ジュネーブ大学卒。パスツール研究所治療化学実験所長。のちローマ衛生研究所医化学部長となり,1947年イタリアに帰化。プロントジルの抗菌作用の研究や,抗ヒスタミン薬の発見等,クラーレに代わる合成筋弛緩薬の化学薬理学的研究で1957年ノーベル生理医学賞。
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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