電磁気学で有名なイギリスの物理学者マクスウェルが1871年に書いた『熱の理論』という本のなかに出てくる想像上の魔物(マクスウェルの悪魔ともいう。命名者はイギリスのケルビン)。気体を入れた器を隔壁でAとBの2室に分け、隔壁に小穴をあけて軽い戸をつけ、魔物に張り番させる。魔物は飛来する気体分子の速度を見分ける超能力をもち、一定値以上の速さの分子がA側からきたときには戸を開いてB側へ通すが、遅い分子がきたときには戸を閉めてしまう。逆にB側から飛んでくる分子については、遅いものはAへ通すが速いものは通さない。戸はきわめて軽くて魔物は開閉にエネルギーを使わなくてよいとする。そうすると、この操作を続ければ、やがてAは遅い分子、Bは速い分子で満ちることになるから、A内は低温、B内は高温となり、エネルギー消費なしに温度差をつくりだす(第2種の永久機関がつくられる)ことになって熱力学の第二法則に矛盾する。魔物が電力不要のクーラーの役を果たすわけである。
マクスウェルのこの問題提起は多数の物理学者に議論の素材を与え、不可逆(非可逆)現象の本質究明に役だった。魔物は分子の速さを「識別」するという操作のためにエネルギーを使い、エントロピーを増大させなければならないので、そのことまで考えると熱力学とは矛盾しないことが示されたが証明されたのは、1929年以降のことである。
[小出昭一郎]
マクスウェルの悪魔ともいう。多数の分子の集団の取扱いには統計的手法を用いることが必要で,また熱力学の第2法則は統計的な真理であることを主張するために,J.C.マクスウェルが《熱の理論》(1870)の中で導入した,ミクロな情報を識別して分離する仮想上の生物。一様な温度にある物質の中に自然に温度差が生ずることはないということは,熱力学の第2法則の根底となる経験的事実であるが,例えば,気体の入った箱の中央に小さな穴をあけて,そこで,分子の速度を識別して,速度の大きいものは一方向に通過させ,速度の小さいものは反対方向にのみ通過させる生物が存在したとすると,一方の気体の温度はどんどん上がり,他方の気体はどんどん温度が下がることになる。すなわち,第2種の永久機関が作れることになり,熱力学の第2法則は破れることになる。実際は,ミクロな情報を識別するには,ミクロな物質から構成されたミクロな生物でなければならず,それは熱運動によってゆらいでいて,上のようなつごうのよい一方向のみの操作は不可能であり,したがって,マクスウェルの魔物のようなものの存在はありえないものと考えられている。
執筆者:鈴木 増雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ボルツマンはこの方法でマクスウェル=ボルツマン分布をJ.W.ギブズが正準分布と呼ぶものへと拡張したのであるが,マクスウェルが79年に取り上げるまで,この新方法も顧みられなかった。エルゴード理論
[マクスウェルの魔物]
マクスウェルは熱力学の第2法則は数学的真理ではなく統計的真理であるとした。このことに関連して彼は各分子の走路を追跡できる鋭い能力をもつ生物を想像する。…
※「マクスウェルの魔物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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