マグロ(読み)まぐろ(その他表記)tuna

翻訳|tuna

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マグロ」の意味・わかりやすい解説

マグロ
まぐろ / 鮪
tuna

硬骨魚綱スズキ目サバ科に属するマグロ属の魚類の総称。属名のThunnusはギリシア語で「突進」を意味する語に由来する。マグロ類は、魚体が大きく遊泳力に優れ、分布域や回遊範囲が非常に広大なことが特徴。カジキ類は、マグロ類とは別類であるがマグロ類と同様な特徴をもち、肉質も似ていることから、日本では俗にカジキマグロともよばれている。ヨーロッパやアメリカでは、マグロ類に近縁のカツオをマグロの仲間としてスキップジャックツナskipjack tunaと呼称する。シビはマグロの古名であるが、地方名としても使われる。メジはマグロ類の若齢魚の呼称である。

[上柳昭治]

種類・近縁種

マグロの祖先は、熱帯地方の沿岸域に生息していたサバに類した魚で、そのなかから外洋域に分布を広げ進化してきたものとされている。サバ、サワラ類、ハガツオイソマグロソウダガツオ、スマなどもマグロ類と近縁で、これらは沿岸や近海にすむが、カツオは外洋域に分布する。

 マグロ類は8種が知られている。クロマグロ太平洋クロマグロT. orientalisタイセイヨウクロマグロT. thynnusミナミマグロ(インドマグロ)T. maccoyiiビンナガT. alalungaメバチT. obesusキハダ(キワダ)T. albacaresは太平洋・インド洋・大西洋に分布する世界共通種であるが、コシナガT. tonggolはインド洋から西太平洋、タイセイヨウマグロT. atlanticusは西大西洋のみに分布する。後2種はほかのマグロに比べて小形(体長数十センチメートル)であり、分布も沿岸性である。クロマグロはもっとも大形で体長2メートルを超えるが、ビンナガを除く3種も最大1.8メートル近くになる。ビンナガは最大体長約1.3メートルで5種のうちもっとも小形である。分類学的に、クロマグロ、ミナミマグロ、ビンナガの3種、キハダ、コシナガ、タイセイヨウマグロの3種がそれぞれ類縁関係が強いとされており、前者が亜熱帯から温帯域にかけて分布するのに対して、後者のグループは亜熱帯から熱帯域に主として生息する。メバチは両グループの中間的とされるが、また温帯から熱帯にかけて広く分布する性質をもっている。

[上柳昭治・小倉未基]

形態

表層性の魚としてマグロ類の体色は背部が黒みがかった青色、腹部は銀白色を呈する。種類により体側面に黄みを帯びたり、ひれが鮮やかな黄色を示すものがある。

 各種類でひれの長さや体型の肥痩(ひそう)度に若干の差異があるが、高速遊泳に適した紡錘形の体形をもつことがマグロ類に共通した特徴である。鱗(うろこ)が小さく体表が滑らかなこと、第1背びれをその付け根にある溝に畳み込んだり、体側の胸びれをこれに沿ってあるくぼみに接着できる構造も、遊泳の効率化に役だっている。大きな体を推進させる尾びれは、広く二叉(にさ)し、強靭(きょうじん)で、これに関係する体側の筋肉や尾柄部の腱(けん)がよく発達している。マグロは体密度が比較的大きいので、体が沈下しないように、うきぶくろの働きのほか、胸びれによる揚力を得るために絶えず泳ぎ続ける。連続遊泳のために効率のよいのは赤色筋(血合筋(ちあいきん))であり、マグロは体側の赤色筋が発達している。血合筋の働きで生じた熱を静脈から動脈に効率よく伝える毛細血管網組織が発達しているため、マグロの体温は周りの水温より高く保たれる。温度が高くなると筋肉の働きは促進される。クロマグロやビンナガではこの機能の発達程度が高く、温帯域の低い環境水温にも適応している。

[上柳昭治]

生態

マグロ類は各種類とも産卵場所は水温約24℃以上の亜熱帯・熱帯の海である。産卵場がもっとも北にあるクロマグロでは産卵期は5、6月と短いが、亜熱帯の海で産卵するビンナガでは夏を中心とした約半年、熱帯域が産卵場であるキハダでは周年にわたり産卵が行われる。1尾の産卵数は魚体の大きさにより異なるが100万~1000万の単位である。卵は直径約1ミリメートルの浮性卵で、受精後ほぼ一昼夜で孵化(ふか)する。孵化仔魚(しぎょ)は約3ミリメートルで、仔魚期はプランクトン生活を送る。マグロの仔稚魚は頭部や口裂が大きいのが特徴で、稚魚期から魚食性が現れ、幼期の成長が速い。幼魚期の生態はよくわかっていないが、共食いなどにより幼魚期までの減耗は大きいとされている。体長数十センチメートルに達した若年期のマグロは、陸縁や島嶼(とうしょ)の近くに分布し(キハダ、クロマグロ、ミナミマグロなど)、また大小の群れをつくって表層を遊泳する。キハダがカツオなどと群泳することもあり、イルカに随伴して遊泳する(東部太平洋)ことも知られている。マグロは若年期から成長するにつれて沖合い海域に移り、垂直的にも分布域を広げる。海域により深度300メートルぐらいまで生息するようであり、メバチは遊泳層がもっとも深い。マグロの食餌(しょくじ)は多様で、生息域の表・中層性の魚類やイカ類などをえり好みなく摂餌する。

 温帯域をおもな生息域とするビンナガは成長が遅く、成熟年齢も5年程度と高いが、熱帯水域におもに分布するキハダは成長がもっとも早い。成熟年齢もキハダやメバチで3年である。温帯域におもに分布するミナミマグロでは8年以上である。マグロ類の寿命についてはよくわかっていないが、ミナミマグロでは45歳が確認されている。

 マグロは各種類とも夏の水温上昇期には高緯度側へ、秋から冬にかけて水温が低下するとともに低緯度側への広範囲な南北回遊を行う。東西方向の回遊もあり、北太平洋のビンナガは、夏には北東、秋冬には南西方向に、日本近海とアメリカ近海にわたり渡洋回遊することが、標識放流調査によって確かめられている。

[上柳昭治・小倉未基]

漁業

地中海のクロマグロ漁の古い記録が知られているが、日本でも古代から、沿岸に泳ぎ寄ったマグロを銛(もり)や釣りでとっていたようである。近代になって定置網漁業が行われるようになり、明治時代に改良、普及した。おもな漁獲物はクロマグロであるが、定置網漁業による漁獲の変動は大きい。小舟に乗って大形のマグロやカジキを追う突ん棒漁業(つきんぼうぎょぎょう)も伝統的な漁法として伊豆諸島近海などで行われている。引縄漁業では小さいマグロが対象となる。

 沖合いに分布、回遊するマグロを対象として竿(さお)釣り、巻(旋(まき))網、流し網、延縄(はえなわ)などの漁業があり、マグロの生態にかなった漁法として発達してきた。延縄以外は、マグロやカツオが表層を群泳する性質を利用した表層漁業であり、延縄は中層に分散遊泳するマグロを対象とする。ヨーロッパやアメリカでは巻網漁業を主とするが、日本では延縄漁業も盛んである。

 延縄は、長い幹縄に、約50メートル間隔に、先端に釣り鉤(ばり)をつけた約20メートルの枝縄を装着垂下するもので、幹縄の全長は約100キロメートルに達する。浮設される鉤の深さは約60~300メートルになる。餌(えさ)は冷凍サンマ、イカ、サバなどで、マグロのほかカジキ、サメなどが漁獲される。漁場は各大洋の温帯から熱帯にかけての全域に広がっている。

 世界の海洋からのマグロ類の生産量は2012年(平成24)で約188万トンで、日本の漁獲量は約21万トンである。日本の漁獲の多くが刺身など鮮魚として利用される。ビンナガは缶詰原料として輸出もされるが、刺身材料としてのメバチ、キハダなどの輸入も多く、国内供給量は2012年には39万トンである。外国ではマグロはおもに缶詰として消費されているが、刺身需要の拡大もみられる。

 マグロ資源の開発は利用限度まで進んでいる種・海域が多いとされている。2001年に国連公海漁業協定が発効し、外洋の水産資源の利用に関しては国際的な枠組みを通じて科学的根拠に基づく管理を行うことが明確化された。マグロ資源については、東太平洋を管理水域とする全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC:Inter-American Tropical Tuna Commission)が1949年に設立、その後順次各大洋に委員会が設立され、2004年の中西部太平洋を対象とする中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC:Western and Central Pacific Fisheries Commission)設立により全大洋がカバーされるに至った。これらの委員会では下部組織の科学委員会等により資源状態をモニターし、必要な漁業管理方策・規制が行われマグロ資源の維持と有効利用が進められている。

[上柳昭治・小倉未基]

食用

マグロ類の骨は縄文・弥生(やよい)時代の貝塚から出土している。しかし、江戸初期までは味のよくない魚とされていた。後期になると一般に広く食べられ、刺身やすし種(だね)にも用いた。すし種には、当時、しょうゆに漬けて保存したところから「づけ」というすし用語ができた。マグロの肉は、肉色の赤い赤身と脂肪の多い脂身(「とろ」という)に分かれる。すし種では現在はとろが高級とされるが、昭和初期までは赤身が上物とされていた。赤身の色は血色素のヘモグロビンと筋肉色素のミオグロビンによる。マグロの品種によって色調が異なり、クロマグロやミナミマグロは濃い赤色である。キハダは紅色で、ビンナガになると白色である。ビンナガは肉色が白いのと身が柔らかいため刺身にはされず、おもに缶詰に加工される。「シーチキン」はビンナガ、キハダ、カツオ等の加工食料品に用いられている登録商標である。

 とろは脂肪の多い部分の肉で、体表に近い部分の背肉を中とろ、腹肉を大とろという。とろも魚種によって脂肪量が異なり、クロマグロ、ミナミマグロ、メバチなどでは良質のとろがとれる。料理は主として刺身、すし種に使われ、そのほか生魚の料理としては山かけ、和(あ)え物、茶漬け、丼(どんぶり)などがある。そのほか、マグロステーキ、角煮、ねぎま、焼き魚などがある。刺身用の赤身は空気に長く触れると酸化して暗赤色になるので、ブロック状の肉をフィルムで包み、食べる直前に切るのがよい。加工品は缶詰(油漬け、水煮、味つけ)が中心で、一部魚肉ハムソーセージの原料にされる。

河野友美

民俗

静岡県御前崎(おまえざき)など漁村の一部には、「ナマグサケ」といって、軒先にマグロの尾びれをV字形にかけて家に不浄が入らぬ呪(まじな)いとする風習がある。宮殿の屋根を飾る鴟尾(しび)は、古くは「鮪(しび)」とも記され、魚が水に縁があることから火災よけとしたのであろう。三重県度会(わたらい)郡南伊勢(いせ)町には「支毘大命神(しびだいみょうじん)」とよばれるマグロの供養塔が4基あるが、これは、貧困だった漁村がマグロの大漁のおかげで助かり、その冥福(めいふく)を祈ったものだという。また『慶長(けいちょう)見聞集』には、シビは死日に通じるため、武家では不吉な魚としてマグロを敬遠したとある。

[矢野憲一]

『上柳昭治著『マグロ』(1980・らくだ出版)』『小野征一郎編著『マグロの科学――その生産から消費まで』(2004・成山堂書店)』『水産総合研究センター編『マグロの資源と生物学』(2014・成山堂書店)』『小松正之・遠藤久著『国際マグロ裁判』(岩波新書)』『上田武司著『魚河岸マグロ経済学』(集英社新書)』


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改訂新版 世界大百科事典 「マグロ」の意味・わかりやすい解説

マグロ (鮪)
tuna

スズキ目サバ科マグロ属の海産魚の総称,またはクロマグロの異名。マグロの名は真っ黒から転訛したものとされる。日本ではふつうマグロとは大型のサバ型魚類で刺身として生食に供されるものを指すことが多く,このためカジキ類をもカジキマグロと称することがある。分類学上のマグロ属はビンナガビンチョウThunnus alalunga(英名albacore),クロマグロ(ホンマグロ,シビ,ハツ)T.thynnus(英名bluefin tuna),ミナミマグロ(豪州マグロ)T.maccoyii(英名southern bluefin tuna),メバチT.obesus(英名bigeye tuna),キハダ(キワダ)T.albacares(英名yellowfin tuna),タイセイヨウマグロT.atlanticus(英名blackfin tuna),コシナガT.tonggol(英名longtail tuna)の7種を含む。このうち,ビンナガ,メバチ,キハダの3種は世界の熱帯から温帯にかけての広い範囲に生息する。一方,クロマグロは東部と西部太平洋,西部大西洋,地中海を中心とする海域に,ミナミマグロは太平洋,インド洋の南半球域に分布する。また,タイセイヨウマグロは大西洋西部の熱帯から亜熱帯の岸よりの海域に,コシナガはインド洋北部,東南アジア,オーストラリアなどの岸よりの海域に分布の中心がある。ミナミマグロとタイセイヨウマグロ以外はすべて日本近海で記録されている。分布を南北方向でみると,もっとも高緯度地方にまで分布するのが北半球ではクロマグロ,南半球ではミナミマグロで,反対に赤道域に分布の中心をもつのがキハダであり,これらの中間帯にメバチとビンナガが分布し,しかもメバチはやや低緯度に,ビンナガがやや高緯度に分布の中心がずれている。一方,コシナガとタイセイヨウマグロはほぼ熱帯と亜熱帯の岸よりの海域に分布が局限されている。このように全体でみれば,マグロ類は巧みに生活圏が重ならないようにすみ分けをしているということができよう。

 大きさはクロマグロがもっとも大きく体長3m,体重350kgにもなり,次いでミナミマグロ,キハダ,メバチが大きく体長2~2.5m,体重250kgくらいになるが,ビンナガは1mくらいで最大体重45kg,タイセイヨウマグロやコシナガは80~100cmで体重30kgにしかならない。季節的に回遊を行う種類が多く,たとえばクロマグロやビンナガでは産卵域は亜熱帯海域に,主要索餌域は温帯地方にあり,南北に回遊するとともに年齢により東西方向にも回遊すると考えられている。メバチは各大洋の赤道域に産卵場があり,索餌域は温帯にあって南北に回遊すると考えられている。キハダも産卵域は熱帯であるが,成長につれ南北および東西方向に生活圏を拡大する傾向がある。産卵数はクロマグロとミナミマグロが多く1腹数百万から1000万粒もしくはそれ以上であり,次いでキハダとメバチが200万~800万粒で,ビンナガが約200万粒と少なくなっている。成長はキハダがもっとも早く,メバチ,クロマグロ,ミナミマグロ,ビンナガと続く。

マグロ類は昔から日本人と関係が深く,その骨片が貝塚から見つかっている。しかし,奈良平安朝まではむしろカツオのほうが重宝がられていた形跡がある。日本人により親しまれるようになったのは大量漁獲の方法が考案された江戸時代からで,とくに定置網漁業の発達に負うところが大きい。明治時代になって定置網はさらに改良が加えられ発展したが,来遊量の減少も手伝ってやや衰退をきたし始めた。それと並行して発達したのが帆船を用いた流し網漁法で,大正初めに最盛期を迎えたが,大正末期になって漁船の動力化が進み,漁業が拡大するにつれより効率のよい漁法,すなわちはえなわ漁法が発達し始めた。現在では日本のマグロ漁獲量の90%近くを占めるはえなわ漁法は幹縄におよそ50m間隔に枝縄をぶら下げ,この枝縄の先にサンマかイカのような餌をつけてマグロ類を釣る漁法である。大きな漁船では縄の長さが100km,ときには150kmにも達する。今日では太平洋はいうに及ばず,インド洋や大西洋にも出漁してマグロ類を漁獲する。また,キハダやビンナガのように濃密な群れをつくる種類を対象とした竿釣り漁法,あるいはこれらの群れを巻きとる大型巻網漁法も発達している。現在の世界のマグロ類の総漁獲量は年間約180万tである。マグロ類のうちもっとも漁獲量が多いのがキハダでほぼ2/3近くを占め,次いでメバチとビンナガが続き,ミナミマグロとタイセイヨウマグロがもっとも少ない。日本ではメバチが圧倒的に多く,次いでキハダ,ビンナガと続き,さらにクロマグロとミナミマグロが続く。おおまかにみると,日本の漁獲量のうちクロマグロ,ミナミマグロ,メバチはほとんどが生食用に,キハダは生食用と缶詰用に,ビンナガはほとんど缶詰用に消費される。クロマグロは成長が早く需要も大きく,また価値が高いなどの理由で,現在では養殖の試みがなされている。

肉質をみると,もっとも肉が赤くて美味とされるのがクロマグロであり,冬から春先の産卵期のものがとくに美味とされる。刺身やすし種としてもっとも価値が高い。ただし,産卵後のものは〈がり〉とか〈らっきょ〉とかいわれ身が柔らかく不味である。同様に肉に脂っ気が多く身が赤いミナミマグロの価値も高い。メバチは色も味も濃いので,〈とろ〉として刺身やすし種として用いられるが,色変りが早いという弱点がある。また,赤みの程度は漁獲の時期や場所によってたいへんに異なる。キハダは身がピンクで〈とろ〉になる部分がほとんどないため,すし種としては向かず,おもに赤身の刺身の材料となる。ビンナガは身が白っぽいことから刺身にはほとんど利用されず,もっぱら缶詰の材料となる。欧米ではシーチキンsea chickenなどと称されマグロ類中もっとも人気がある。このほか,マグロ茶漬,山かけ,ぬた,なますなどとして生食され,また,かす漬,みそ漬,焼魚,煮魚,角煮,フライ,ソテーなどでも賞味される。品質の劣るマグロ類の肉は魚肉ハム・ソーセージの材料などとして練製品の原料ともなる。
執筆者:

古く日本人はマグロを〈しび〉と呼び,のちに《和名抄》に見られるごとく〈鮪〉の字をあてるようになった。室町末期ころから〈しび〉の小型のものを目黒(めぐろ)というようになり,目黒からマグロの語が生じたともいわれる。ところで,マグロほど昔と今で日本人の評価が変わった魚はない。江戸前期の《古今料理集》(1670年代刊)は〈まくろ 下魚也,賞翫に用いず〉と,マグロは卑賤な魚で高貴な人にすすめうるものではないとしているが,たしかに中世までの評価はそうしたものだったようで,マグロを食べたとする記事はまず見当たらない。江戸時代になってそうした観念が動揺しはじめたようで,《本朝食鑑》(1697)は,士以上の人は食べないものだったが,近ごろは貴賓の宴席にも供されるようになったといっており,どうやら18世紀初めころはかなり食用にされたように思える。ところが,その後1世紀の間にまた評価が逆転したものか,柴村盛方の《飛鳥川》(1800)は〈昔はまぐろを食たるを人に物語するにも,耳に寄てひそかに咄たるに,今は歴々の御料理に出るもおかし〉と書いている。1832年(天保3)2~3月の江戸は近海のマグロが豊漁で,たいへんな安値になり,24文も出せば2~3人分のおかずには多すぎるほどの量が買えたという。すし屋がマグロを使い始めたのはこのころからのことで,切身をしょうゆづけにして種にしたところから,〈づけ〉の称が生じたという。こうしてマグロは庶民の愛好するところとなったが,現在,〈とろ〉と呼ばれる脂身は脂肪ぎらいの多い日本人の顧みるものではなかった。いまから数十年前でも〈とろ〉はまだ〈あら〉扱いされており,もっとも安直な菜としてネギとともに〈ねぎま〉にされるくらいであった。その〈とろ〉がいまや最高級のすし種として貴重品扱いされるようになったわけで,マグロこそはほんものの出世魚といえるかもしれない。
執筆者:


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食の医学館 「マグロ」の解説

マグロ

《栄養と働き》


 マグロは、おもに南北太平洋でとれますが、温暖海域を回遊するため大西洋、インド洋ほか世界中に分布します。種類はクロマグロ、キハダ、メバチ、ビンナガなど。通常私たちが「マグロ」と呼んでいるものはクロマグロを指します。
 あまり知られていませんが、このクロマグロは出世魚で、大きさによって、また、地方によって言い方がかわります。
 若魚のときはシンマエ(高知)、マメジ(東京)、コシビ(福岡)→体重が4~5kgくらいの中型になるとメジ(関西ではヨコワ)→体長が1m・体重10kgになるとチュウボウ→それ以上の大型がシビもしくはホンマグロ。静岡ではさらにかわり、メジカッコ→メジカ→メジ→クロシビ→シビと呼びます。成魚は体長3m・体重300~600kgと巨大、まさに海の王者と呼べる風格をもちます。なお、カジキマグロはマグロと名がつきますが、マグロの仲間ではありません。
〈良質なたんぱく質が体をつくる〉
○栄養成分としての働き
 マグロの栄養は、種類や部位によって異なりますが、全体的に良質なたんぱく源といえます。
 たんぱく質は筋肉・臓器・皮膚・毛髪・血液など体の部分を生成。またエネルギー源として働くほか、ホルモンや酵素などの生理機能をととのえる役割をします。不足すると貧血を起こしたり、脳の活動が低下するなどの症状が現れます。
 トロは、不飽和脂肪酸(ふほうわしぼうさん)のIPA(イコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)、またビタミンE・Dを多く含みます。
 IPAとDHAは、血液の流動性を高め、血小板が凝集して血栓(けっせん)ができるのを防ぐほか、血液中の中性脂肪値を低下させ、悪玉コレステロールを減らして善玉コレステロールをふやします。動脈硬化、心筋梗塞(しんきんこうそく)、脳卒中(のうそっちゅう)といった生活習慣病を予防します。
 また最近の研究では、がんの発生を少なくしたり、がん細胞の転移を制御したり、抗がん剤の副作用を軽くする作用もわかってきました。
 DHAは、脳の機能を高める「健脳食」といわれるほど、脳をはじめとする神経組織の発育や維持に重要な働きがあります。認知症を予防したい人や、乳幼児の脳の発達をうながしたい人、記憶力や学習能力の向上をうながしたい人などにおすすめです。
 ビタミンEは血行をよくし、細胞膜や生体膜を活性酸素からまもり、老化や発がんの抑制に役立ちます。血行障害からくる肩こり、頭痛、痔(じ)、しもやけ、冷え症などの症状を改善したり、ホルモンバランスがくずれて起こる更年期障害にも有効です。
 ビタミンDは、カルシウムとリンの吸収を助け、血中濃度を一定に保たせ、骨や歯への沈着をうながします。不足すると、骨軟化症になったりすることがあります。とくに、閉経後の女性や、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)を予防したい人におすすめです。
〈赤身に豊富に含まれるタウリンが心臓をまもる〉
 一方、赤身や血合いの部分には鉄やタウリン、カリウムが多く含まれます。
 鉄は、赤血球のヘモグロビンの構成成分として酸素の運搬や利用に必要なミネラルで、不足すると、息切れやめまいなどを起こし、貧血をまねきます。
 タウリンは、血圧を正常に保たせ、心臓の働きや肝臓の解毒作用を強化します。高血圧によって起こる脳卒中、心臓病、肝臓病などを予防します。
 また、心臓からでていく血液の量をふやし、心筋の収縮力を高めるので、うっ血性心不全を防ぐ働きもあります。
〈老化予防に役立つセレンも見落とせない成分〉
 マグロには、セレンが含まれていることも見落とせません。セレンは、過酸化脂質などの酸化物を分解し、体の組織の老化を遅らせます。また、がん細胞の増殖を抑制する作用があるともいわれています。
○注意すべきこと
 抗酸化ミネラルとして注目されるセレンですが、過剰摂取すると、吐(は)き気(け)や爪の変形といった症状を起こす危険性があります。1日330~460μg以下にとどめるようにします。
 ただ、ふつう食事からとるかぎりは過剰症にはなりにくいので、それほど心配することはないでしょう。
○漢方的な働き
 中国では、昔から虚弱体質の人の体力増強、また血を治める力があるとして、血尿(けつにょう)や女性の帯下(たいげ)の治療などに用いられています。

《調理のポイント》


 マグロは部位によって味がちがいます。大まかにいうと大トロ、中トロ、赤身です。覚え方としては、腹側で顔側が大トロ、尾側が中トロ、背側が赤身になります。値段はこの順に安価になります。顔はカマと呼びDHAが豊富ですので、機会があれば食してみてください。DHAは大トロ、中トロ、赤身の順、鉄分は赤身、中トロ、大トロの順に多く含まれています。
 おいしいとされるのは、トロの脂質含有量が40%を越す冬。ただしメバチとキハダは晩秋から夏にかけておいしくなります。
 鮮度はトロも赤身も、赤い色に深みがあり鮮やかなものを選びましょう。鮮度が落ちるとミオグロビンが酸化して褐色がかってくるのでわかります。
 マグロをサクで買うときは、表面の筋目をチェックすると、良否がわかります。
 筋が同じ間隔で、サクに対してタテに入っているものが極上品。次が斜め、その次が木の年輪のように入っているものです。
 逆に、筋目の間隔が狭く、半円状のものや、白い筋がはっきり見えるものは、味が落ちますので避けましょう。
 パッケージに「生マグロ」と書いてあるものは、冷凍せず氷を使って冷蔵(氷蔵)したものです。空輸され2~3日で店頭にならびます。
 それ以外は、ほとんど「冷凍マグロ」。こちらは値段がリーズナブルです。
 味ですが、クロマグロは刺身や寿司屋の寿司ダネとして使われる高級品です。
 メバチはクロマグロにくらべるとやや味が落ちます。しかし、一般的に食べる刺身はこれ。
 キハダとビンナガは、肉の色が桃色で、脂質含有量がほかにくらべて少ないので淡泊な味。加熱すると鶏のささみのような味になります。シーチキンとして油漬け缶詰に用いられています。
 マグロは、生で食べるのがもっともおいしい食べ方です。たとえば刺身、寿司ダネ、鉄火丼、山かけ、ぬた、ねぎとろなど。ほかにも、ねぎま汁、塩焼き、照り焼き、煮付け、味噌漬け、角煮(かくに)、フライ、ソテーなど幅広く調理できます。
 食べきれなかったときは、しょうゆとみりんに漬けてヅケ丼にしてもおいしくいただけます。

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百科事典マイペディア 「マグロ」の意味・わかりやすい解説

マグロ(鮪)【マグロ】

サバ科の魚のうちクロマグロ,メバチキハダミナミマグロビンナガなどを総称していう。クロマグロのみをさすことも多い。クロマグロはホンマグロともいわれ,体長3m,体重350kgに達する。体は肥満して紡錘形。背面は青黒色,第1背びれは灰色,第2背びれは灰黄色。太平洋の温帯と熱帯に広く分布し,特に日本近海に多い。大謀網,釣,延縄(はえなわ),巻網などで漁獲され,旬(しゅん)は冬季。肉は暗赤色で,刺身,すし,照焼などにして美味。→クロマグロ規制
→関連項目マグロ資源保存・管理特別措置法

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マグロ」の意味・わかりやすい解説

マグロ

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

栄養・生化学辞典 「マグロ」の解説

マグロ

 サバ科の海産魚.産業上重要な食用魚.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のマグロの言及

【サボテン】より

…ハシラサボテンのピタヤHylocereus undatus (Haw.) Br.et R.の果実は果肉がゼリー状で甘く,ウチワサボテンのオプンティア・フィクスインディカOpuntia ficusindica (L.) Mill.(英名Indian fig)の果肉も赤くて甘い。いずれも中南米では果物として市場に並び,ウチワサボテン類の食用となる果実をツナtunaと呼ぶ。メキシコではツナの果肉を固めたお菓子ケソ・デ・ツナやエキノカクトゥス属の茎の砂糖漬ドゥルセ・デ・ビスナガが市販されている。…

【クロマグロ】より

…名は体色が黒いことによる。ホンマグロ,または単にマグロと呼ばれることも多い。幼魚には体側に10~20条ほどの淡色横帯があるのでヨコワともいい,若魚をメジ,老成するとシビなどと呼名が変わる。…

【水産物貿易】より

…輸入額が輸出額を超えたのは高度成長時の1971年である。所得増加を背景にした水産物需要の増加は,日本での漁獲高が少ないエビ,カニ,魚卵,マグロ等にも向かいはじめ最大の水産物輸入国であったアメリカを78年に追いぬいた。輸入品目としては,冷凍エビをトップ(輸入額の20%強)に近年伸びてきたマグロ(10%),サケ・マス(6%),イカ・タコ(6%)などとなっている(いずれも1995)。…

【体温】より

…このように体温が多少とも産熱に依存している状態を内温性endothermyという。たとえばマグロでは,水温が10~22℃のとき筋肉は27~30℃に保たれている。また,飛んでいる昆虫の体温は外温より高い。…

※「マグロ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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