マグロ(読み)まぐろ(英語表記)tuna

翻訳|tuna

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マグロ」の意味・わかりやすい解説

マグロ
まぐろ / 鮪
tuna

硬骨魚綱スズキ目サバ科に属するマグロ属の魚類の総称。属名のThunnusはギリシア語で「突進」を意味する語に由来する。マグロ類は、魚体が大きく遊泳力に優れ、分布域や回遊範囲が非常に広大なことが特徴。カジキ類は、マグロ類とは別類であるがマグロ類と同様な特徴をもち、肉質も似ていることから、日本では俗にカジキマグロともよばれている。ヨーロッパやアメリカでは、マグロ類に近縁のカツオをマグロの仲間としてスキップジャックツナskipjack tunaと呼称する。シビはマグロの古名であるが、地方名としても使われる。メジはマグロ類の若齢魚の呼称である。

[上柳昭治]

種類・近縁種

マグロの祖先は、熱帯地方の沿岸域に生息していたサバに類した魚で、そのなかから外洋域に分布を広げ進化してきたものとされている。サバ、サワラ類、ハガツオ、イソマグロ、ソウダガツオ、スマなどもマグロ類と近縁で、これらは沿岸や近海にすむが、カツオは外洋域に分布する。

 マグロ類は8種が知られている。クロマグロ(太平洋クロマグロ)T. orientalis、タイセイヨウクロマグロT. thynnusミナミマグロ(インドマグロ)T. maccoyiiビンナガT. alalungaメバチT. obesusキハダキワダT. albacaresは太平洋・インド洋大西洋に分布する世界共通種であるが、コシナガT. tonggolはインド洋から西太平洋、タイセイヨウマグロT. atlanticusは西大西洋のみに分布する。後2種はほかのマグロに比べて小形(体長数十センチメートル)であり、分布も沿岸性である。クロマグロはもっとも大形で体長2メートルを超えるが、ビンナガを除く3種も最大1.8メートル近くになる。ビンナガは最大体長約1.3メートルで5種のうちもっとも小形である。分類学的に、クロマグロ、ミナミマグロ、ビンナガの3種、キハダ、コシナガ、タイセイヨウマグロの3種がそれぞれ類縁関係が強いとされており、前者が亜熱帯から温帯域にかけて分布するのに対して、後者のグループは亜熱帯から熱帯域に主として生息する。メバチは両グループの中間的とされるが、また温帯から熱帯にかけて広く分布する性質をもっている。

[上柳昭治・小倉未基]

形態

表層性の魚としてマグロ類の体色は背部が黒みがかった青色、腹部は銀白色を呈する。種類により体側面に黄みを帯びたり、ひれが鮮やかな黄色を示すものがある。

 各種類でひれの長さや体型の肥痩(ひそう)度に若干の差異があるが、高速遊泳に適した紡錘形の体形をもつことがマグロ類に共通した特徴である。鱗(うろこ)が小さく体表が滑らかなこと、第1背びれをその付け根にある溝に畳み込んだり、体側の胸びれをこれに沿ってあるくぼみに接着できる構造も、遊泳の効率化に役だっている。大きな体を推進させる尾びれは、広く二叉(にさ)し、強靭(きょうじん)で、これに関係する体側の筋肉や尾柄部の腱(けん)がよく発達している。マグロは体密度が比較的大きいので、体が沈下しないように、うきぶくろの働きのほか、胸びれによる揚力を得るために絶えず泳ぎ続ける。連続遊泳のために効率のよいのは赤色筋(血合筋(ちあいきん))であり、マグロは体側の赤色筋が発達している。血合筋の働きで生じた熱を静脈から動脈に効率よく伝える毛細血管網組織が発達しているため、マグロの体温は周りの水温より高く保たれる。温度が高くなると筋肉の働きは促進される。クロマグロやビンナガではこの機能の発達程度が高く、温帯域の低い環境水温にも適応している。

[上柳昭治]

生態

マグロ類は各種類とも産卵場所は水温約24℃以上の亜熱帯・熱帯の海である。産卵場がもっとも北にあるクロマグロでは産卵期は5、6月と短いが、亜熱帯の海で産卵するビンナガでは夏を中心とした約半年、熱帯域が産卵場であるキハダでは周年にわたり産卵が行われる。1尾の産卵数は魚体の大きさにより異なるが100万~1000万の単位である。卵は直径約1ミリメートルの浮性卵で、受精後ほぼ一昼夜で孵化(ふか)する。孵化仔魚(しぎょ)は約3ミリメートルで、仔魚期はプランクトン生活を送る。マグロの仔稚魚は頭部や口裂が大きいのが特徴で、稚魚期から魚食性が現れ、幼期の成長が速い。幼魚期の生態はよくわかっていないが、共食いなどにより幼魚期までの減耗は大きいとされている。体長数十センチメートルに達した若年期のマグロは、陸縁や島嶼(とうしょ)の近くに分布し(キハダ、クロマグロ、ミナミマグロなど)、また大小の群れをつくって表層を遊泳する。キハダがカツオなどと群泳することもあり、イルカに随伴して遊泳する(東部太平洋)ことも知られている。マグロは若年期から成長するにつれて沖合い海域に移り、垂直的にも分布域を広げる。海域により深度300メートルぐらいまで生息するようであり、メバチは遊泳層がもっとも深い。マグロの食餌(しょくじ)は多様で、生息域の表・中層性の魚類やイカ類などをえり好みなく摂餌する。

 温帯域をおもな生息域とするビンナガは成長が遅く、成熟年齢も5年程度と高いが、熱帯水域におもに分布するキハダは成長がもっとも早い。成熟年齢もキハダやメバチで3年である。温帯域におもに分布するミナミマグロでは8年以上である。マグロ類の寿命についてはよくわかっていないが、ミナミマグロでは45歳が確認されている。

 マグロは各種類とも夏の水温上昇期には高緯度側へ、秋から冬にかけて水温が低下するとともに低緯度側への広範囲な南北回遊を行う。東西方向の回遊もあり、北太平洋のビンナガは、夏には北東、秋冬には南西方向に、日本近海とアメリカ近海にわたり渡洋回遊することが、標識放流調査によって確かめられている。

[上柳昭治・小倉未基]

漁業

地中海のクロマグロ漁の古い記録が知られているが、日本でも古代から、沿岸に泳ぎ寄ったマグロを銛(もり)や釣りでとっていたようである。近代になって定置網漁業が行われるようになり、明治時代に改良、普及した。おもな漁獲物はクロマグロであるが、定置網漁業による漁獲の変動は大きい。小舟に乗って大形のマグロやカジキを追う突ん棒漁業(つきんぼうぎょぎょう)も伝統的な漁法として伊豆諸島近海などで行われている。引縄漁業では小さいマグロが対象となる。

 沖合いに分布、回遊するマグロを対象として竿(さお)釣り、巻(旋(まき))網、流し網、延縄(はえなわ)などの漁業があり、マグロの生態にかなった漁法として発達してきた。延縄以外は、マグロやカツオが表層を群泳する性質を利用した表層漁業であり、延縄は中層に分散遊泳するマグロを対象とする。ヨーロッパやアメリカでは巻網漁業を主とするが、日本では延縄漁業も盛んである。

 延縄は、長い幹縄に、約50メートル間隔に、先端に釣り鉤(ばり)をつけた約20メートルの枝縄を装着垂下するもので、幹縄の全長は約100キロメートルに達する。浮設される鉤の深さは約60~300メートルになる。餌(えさ)は冷凍サンマ、イカ、サバなどで、マグロのほかカジキ、サメなどが漁獲される。漁場は各大洋の温帯から熱帯にかけての全域に広がっている。

 世界の海洋からのマグロ類の生産量は2012年(平成24)で約188万トンで、日本の漁獲量は約21万トンである。日本の漁獲の多くが刺身など鮮魚として利用される。ビンナガは缶詰原料として輸出もされるが、刺身材料としてのメバチ、キハダなどの輸入も多く、国内供給量は2012年には39万トンである。外国ではマグロはおもに缶詰として消費されているが、刺身需要の拡大もみられる。

 マグロ資源の開発は利用限度まで進んでいる種・海域が多いとされている。2001年に国連公海漁業協定が発効し、外洋の水産資源の利用に関しては国際的な枠組みを通じて科学的根拠に基づく管理を行うことが明確化された。マグロ資源については、東太平洋を管理水域とする全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC:Inter-American Tropical Tuna Commission)が1949年に設立、その後順次各大洋に委員会が設立され、2004年の中西部太平洋を対象とする中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC:Western and Central Pacific Fisheries Commission)設立により全大洋がカバーされるに至った。これらの委員会では下部組織の科学委員会等により資源状態をモニターし、必要な漁業管理方策・規制が行われマグロ資源の維持と有効利用が進められている。

[上柳昭治・小倉未基]

食用

マグロ類の骨は縄文・弥生(やよい)時代の貝塚から出土している。しかし、江戸初期までは味のよくない魚とされていた。後期になると一般に広く食べられ、刺身やすし種(だね)にも用いた。すし種には、当時、しょうゆに漬けて保存したところから「づけ」というすし用語ができた。マグロの肉は、肉色の赤い赤身と脂肪の多い脂身(「とろ」という)に分かれる。すし種では現在はとろが高級とされるが、昭和初期までは赤身が上物とされていた。赤身の色は血色素のヘモグロビンと筋肉色素のミオグロビンによる。マグロの品種によって色調が異なり、クロマグロやミナミマグロは濃い赤色である。キハダは紅色で、ビンナガになると白色である。ビンナガは肉色が白いのと身が柔らかいため刺身にはされず、おもに缶詰に加工される。「シーチキン」はビンナガ、キハダ、カツオ等の加工食料品に用いられている登録商標である。

 とろは脂肪の多い部分の肉で、体表に近い部分の背肉を中とろ、腹肉を大とろという。とろも魚種によって脂肪量が異なり、クロマグロ、ミナミマグロ、メバチなどでは良質のとろがとれる。料理は主として刺身、すし種に使われ、そのほか生魚の料理としては山かけ、和(あ)え物、茶漬け、丼(どんぶり)などがある。そのほか、マグロステーキ、角煮、ねぎま、焼き魚などがある。刺身用の赤身は空気に長く触れると酸化して暗赤色になるので、ブロック状の肉をフィルムで包み、食べる直前に切るのがよい。加工品は缶詰(油漬け、水煮、味つけ)が中心で、一部魚肉ハム・ソーセージの原料にされる。

[河野友美]

民俗

静岡県御前崎(おまえざき)など漁村の一部には、「ナマグサケ」といって、軒先にマグロの尾びれをV字形にかけて家に不浄が入らぬ呪(まじな)いとする風習がある。宮殿の屋根を飾る鴟尾(しび)は、古くは「鮪(しび)」とも記され、魚が水に縁があることから火災よけとしたのであろう。三重県度会(わたらい)郡南伊勢(いせ)町には「支毘大命神(しびだいみょうじん)」とよばれるマグロの供養塔が4基あるが、これは、貧困だった漁村がマグロの大漁のおかげで助かり、その冥福(めいふく)を祈ったものだという。また『慶長(けいちょう)見聞集』には、シビは死日に通じるため、武家では不吉な魚としてマグロを敬遠したとある。

[矢野憲一]

『上柳昭治著『マグロ』(1980・らくだ出版)』『小野征一郎編著『マグロの科学――その生産から消費まで』(2004・成山堂書店)』『水産総合研究センター編『マグロの資源と生物学』(2014・成山堂書店)』『小松正之・遠藤久著『国際マグロ裁判』(岩波新書)』『上田武司著『魚河岸マグロ経済学』(集英社新書)』


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