みかんぐみ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

みかんぐみ
みかんぐみ

建築家のユニット。1995年(平成7)NHK長野放送会館の公開コンペの最優秀案に選ばれたことを契機に結成された。名称は、メンバーの子供の通う幼稚園のクラス名に由来する。
 結成時のメンバーは加茂紀和子(1962― )、曽我部昌史(まさし)(1962― )、竹内昌義(1962― )、マニュエル・タルディッツManuel Tardits(1959― )、熊倉洋介(1962― )の5名だったが、後に熊倉が抜け、4名となる。加茂、曽我部、竹内は東京工業大学大学院修士課程を修了後、それぞれに建築の活動を開始。タルディッツはフランス生まれで、パリの建築学校を卒業後、東京大学大学院に進学。92年、加茂とともにセラビアソシエイツを設立。ICSカレッジ・オブ・アーツ(東京都)教授。曽我部は伊東豊雄建築設計事務所を経て、94年、ソガベアトリエ設立。2001年、東京芸術大学助教授。竹内は、91年、竹内昌義アトリエを設立。東北芸術工科大学助教授。
 みかんぐみは、上下関係のない対等なパートナーシップにより、建築から都市計画まで、幅広くデザインを手がけている。その柔軟な姿勢から、90年代の若手建築家の傾向を象徴する集団といえる。特徴的なのは設計手法である。全員が設計の議論に参加し、施主とよく話しあう。そして単純で明快なコンセプトの建築をつくるのではなく、できるだけ多くの与条件を等価のものとして引き受けながら、デザインに反映させる。これは作家主義的な建築の枠から逃れ、「普通であること」を実現するための手法であるが、彼らの非作家的なデザインの宣言は、建築界で大きな反響を呼び、一部からは批判もあった。
 住宅から公共施設まで、みかんぐみの作品は過度な表現を嫌い、そっけない表情をもつ。NHK長野放送会館(1997)の外観は、ルーバー(日よけ)をつけた平坦なファサードのみである。また1500人収容のライブハウスSHIBUYA-AX(2000、東京都)は、ブルーとシルバーのストライプのパターンが特徴になっている。外観は、ホワイエ、客席、ステージ、楽屋が並ぶ断面の構成をそのまま露出させ、意図的にデザインされた造形ではないことを示す。一方、内部には乳白色のFRP(繊維強化プラスチック)波板と蛍光管を組み合わせた壁や、1万5000枚のCDを貼った天井などがあり、素材の使い方はユニークである。
 プロジェクトとしては「団地再生計画」が重要である。みかんぐみは、しばしば批判される1960年代から70年代にかけて大量に建設された団地を、もはや環境の一部になっているとみなし、増改築や部分的な削除により、親しみやすい空間に変える事例集を作成した。SH-2(2000)では、移動可能なスポンジ型のドームを提案しており、建築に対する柔軟な発想がうかがえる。これと同じ系譜にあるインターネット・カフェのKH-2(2001)は、かまぼこ型のトレーラーを6台つなげた「建築」であり、自動車をモデルとしている。他にも公園と駐車場がフレキシブルに切り換わる八代のショッピングセンター計画(1995、熊本県)などがある。
 そのほかの作品には、大町の家(1997、長野県)、八代公民館(1999、熊本県)、八代の保育園(2001、熊本県)など。著書に『団地再生計画』(2001)、『別冊みかんぐみ』(2002)などがある。[五十嵐太郎]
『『団地再生計画/みかんぐみのリノベーション・カタログ』(2001・INAX出版) ▽『空間から状況へ』(2001・TOTO出版) ▽『別冊みかんぐみ』(2002・エクスナレッジ)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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