ムラートフ(その他表記)Muratov, Dmitry

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ムラートフ」の意味・わかりやすい解説

ムラートフ
Muratov, Dmitry

[生]1961.10.30. クイビシェフ(現サマーラ)
ドミトリー・ムラートフ。ロシアジャーナリスト。フルネーム Dmitry Andreyevich Muratov。1995年以降,独立系新聞『ノーバヤ・ガゼータ』の編集主幹として粘り強く調査報道を行ない,2021年にフィリピンで活動するジャーナリスト,マリア・レッサとともにノーベル平和賞(→ノーベル賞)を受賞した。授賞理由は「表現の自由を通じて,権力濫用や暴力の行使母国における権威主義の拡大を暴露した」こと。
ソビエト連邦時代のクイビシェフに生まれ育ち,クイビシェフ国立大学(現サマーラ国立研究大学)を卒業後,陸軍に数年間勤務。1980年代半ばから『ボルジスキー・コムソモーレツ』の新聞記者として働き始め,のちに『コムソモールスカヤ・プラウダ』に移った。ソ連解体後の 1993年に『ノーバヤ・ガゼータ』の創刊に加わり,1994~95年には特派員としてチェチェン紛争を報じた。1995年に記者らの投票によって編集主幹につき,2017年にいったん退任したものの 2019年に復帰した。
メディアへの締めつけを強化するウラジーミル・プーチン政権のもと,ノーバヤ・ガゼータは 2006年にチェチェン共和国での人権侵害を告発したアンナ・ポリトコフスカヤをはじめ記者 6人が殺害された。同紙の顔として広く知られていたムラートフも脅迫を受けたが,屈することなく報道の自由を訴え続けた。しかし,2022年2月のウクライナ侵攻後は,さらに報道への規制が強化され,独立系メディアの大半が閉鎖されるなか,ノーバヤ・ガゼータも翌 3月に「軍事検閲」で活動を停止した。同 4月にはムラートフが暴漢に襲われ,アセトン入りの赤ペンキをかけられてやけどを負ったが,大事にはいたらなかった。6月,ムラートフはウクライナ難民援助の資金集めのためノーベル平和賞のメダル競売にかけ,1億350万ドルで落札されて話題となった。2007年ジャーナリスト保護委員会 CPJ国際報道自由賞受賞。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ムラートフ」の意味・わかりやすい解説

ムラートフ
むらーとふ
Dmitry Andreyevich Muratov
(1961― )

ロシアのジャーナリスト。ロシア西部のクイビシェフ(現、サマラ)生まれ。現在のサマラ州立大学卒業。大学時代から地方紙で働き、大衆紙「コムソモリスカヤ・プラウダ」を経て、1993年に仲間と独立系リベラル紙「ノーバヤ・ガゼータ」を創刊。同僚記者6人を殺害されながらも、ロシア政権批判を続け、1995年から編集長を務める(2017~2019年を除く)。

 チェチェン紛争、ロシア内外の汚職、選挙違反、捜査当局の暴力、人権侵害などの実態を調査報道。2006年、チェチェンでの人権侵害の実態に迫った記者のアンナ・ポリトコフスカヤAnna Stepanovna Politkovskaya(1958―2006)が射殺されるなど、記者に対する暗殺迫害、脅迫を受けながら、独立した編集方針を貫き、一貫してプーチン政権を批判している。こうした「民主主義と恒久平和の前提である表現の自由を守るための努力」を続ける報道姿勢に対し、2021年ノーベル平和賞が贈られた。フィリピンのドゥテルテ政権を批判し続けるジャーナリスト、マリア・レッサとの共同受賞である。

 ジャーナリスト活動でノーベル平和賞を受けるのは、1935年のカール・オシエツキ以来である。アメリカ前大統領のトランプが報道機関を「人民の敵」と公言し、ロシア、中国・香港(ホンコン)、ミャンマーベネズエラなど世界各地でジャーナリズムへの弾圧が続いていることが、ジャーナリストの受賞の背景にあるとみられている。ノーベル賞選考委員会は「他のメディアがほとんど伝えないロシア社会の実態の重要な情報源になっている」と授賞理由を説明した。ムラートフは世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)の「自由のための金ペン賞Golden Pen of Freedom」(2016)、レジオン・ドヌール勲章(2010)なども受けている。

[矢野 武 2022年3月23日]

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