レッサ(英語表記)Ressa, Maria

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「レッサ」の意味・わかりやすい解説

レッサ
Ressa, Maria

[生]1963. 10.2. マニラ
マリア・レッサ。フィリピン系アメリカ人のジャーナリスト。フルネーム Maria Angelita Ressa。調査報道を主体とするマニラ首都圏のネットメディア『ラップラー』Rapplerの共同設立者で,ソーシャルメディアを利用した世論誘導や汚職,人権侵害を報じたことで,フィリピン政府の不興を買い,敵対的な状況下で報道の自由を求めて闘い続けた。2021年,ロシア人ジャーナリストのドミトリー・ムラートフとともにノーベル平和賞(→ノーベル賞)を受賞した。授賞理由は「表現の自由を通じて,権力の濫用や暴力の行使,母国における権威主義の拡大を暴露した」こと。
1970年代初め,フェルディナンドマルコス大統領による戒厳令布告後に家族とともにアメリカ合衆国に移住し,1986年にプリンストン大学を卒業。その後,フルブライト奨学金を得てフィリピンに戻り,マニラで学ぶ。フィリピンの放送局 ABS-CBN,PTV-4で働いたのち,アメリカの CNNに入社,事件記者,海外特派員を経て 1987~95年マニラ支局長,1995~2005年ジャカルタ支局長。その間,フィリピンのコラソン・アキノ大統領に対する 6度にわたるクーデター未遂事件(1986~87年),インドネシアスハルト大統領の失脚(1998年),東ティモール独立をめぐる住民投票後の暴力事件(1999年),フィリピンのジョゼフ・エストラダ大統領の弾劾裁判(2000年)などの政治事件を報じた。2005年,ニュース・時事問題の責任者として ABS-CBNに復帰したのち,2012年にラップラーを立ち上げ,最高経営責任者 CEO兼編集主幹に就任。ラップラーはたちまち成長し,フィリピン最大のニュースソースの一つとなった。2015年には当時ダバオ市長だったロドリゴ・ドゥテルテにインタビューし,そのなかで彼は 3人を殺害したことを認め,大きな注目を集めた。
2016年にドゥテルテが大統領が就任したあとは,政府による麻薬犯罪取り締まりと超法規的殺人の実態,ソーシャルメディアを通じた偽情報の拡散や反体制派へのいやがらせ,世論の操作など批判的な報道を繰り返し行ない,そのため 2018年にラップラーは事業免許を取り消された。その後の数年間,ラップラーとレッサはソーシャルネット上での迷惑行為や大統領官邸からの記者締め出しのほか,ラップラー設立にからむ外国資本の関係や脱税などの複数訴訟にさらされた。レッサに対しても逮捕状がいくつも発行され,2020年には記事がサイバー上での名誉毀損にあたるとして,最長 6年に及ぶ禁錮刑が言い渡された(その後控訴)。ノーベル賞受賞後も法廷での審理がいくつか進んだが,2023年9月に脱税をめぐる訴訟のすべてにおいて無罪をかちとった。
主著に『テロリズムの種──東南アジアにおけるアルカイダの最新活動拠点の目撃証言』Seeds of Terror: An Eyewitness Account of al-Qaeda's Newest Center of Operations in Southeast Asia(2003),『ビン・ラディンからフェイスブックへ──拉致の 10日間,テロリズムの 10年間』From Bin Laden to Facebook: 10 Days of Abduction, 10 Years of Terrorism(2013),『偽情報と独裁者』How to Stand Up to a Dictator: The Fight for Our Future(2022)。なお,レッサに取材したドキュメンタリー映画"A Thousand Cuts"(2020)が制作されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「レッサ」の意味・わかりやすい解説

レッサ
れっさ
Maria Angelita Ressa
(1963― )

フィリピンのジャーナリスト。マニラ生まれ。マルコス政権による戒厳令布告を受けて10代で家族とともに渡米し、プリンストン大学を卒業。フィリピンとアメリカ、両方の国籍をもつ。マルコス政権が崩壊した1986年に帰国し、CNN支局などで報道に携わった後、2012年、マニラで調査報道のための独立系ニュースサイト「ラップラーRappler」を共同で創設。CEO(最高経営責任者)につき、麻薬取締りのため「戦争に匹敵するほど」(ノーベル賞選考委員会)多数の殺害をいとわないドゥテルテRodrigo Duterte(1945― )政権の権力濫用、暴力行使、増長する権威主義などを公然と批判。並行して、ソーシャルメディアによるフェイクニュースの拡散や世論操作にも警鐘を鳴らし続けた。この間、報道に対する報復とみられる逮捕を二度経験し、記事による名誉毀損(きそん)罪で有罪判決を受け、また、脱税容疑などで繰り返し訴追されている。

 2021年、逮捕や訴追にひるまず、フィリピンの強権的ドゥテルテ政権を一貫して批判し続けた功績で、ノーベル平和賞を受賞した。世界で毎年多くのジャーナリストが弾圧・殺害されるなか、ノーベル賞選考委員会は授賞理由として「民主主義と恒久平和の前提である表現の自由を守るための努力」をあげた。ジャーナリスト活動でノーベル平和賞を受けるのは1935年のオシエツキ以来で、フィリピン人初のノーベル賞受賞者である。ノーベル平和賞受賞はロシアのドミトリー・ムラートフとの共同受賞で、ノーベル賞選考委員会は二人を「民主主義と報道の自由が逆境に直面する世界で、理想のために立ち上がるすべてのジャーナリストの代表」とたたえた。レッサは2018年にアメリカの『タイム』誌「今年の人Person of the Year」に選ばれ、世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)の「自由のための金ペン賞Golden Pen of Freedom」も授与されている。著書に『Seeds of Terror:An Eyewitness Account of Al-Qaeda's Newest Center of operations in Southeast Asia(2003)』『From Bin Laden to Facebook:10 Days of Abduction,10 Years of Terrorism(2013)』がある。

[矢野 武 2022年3月23日]

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